ほんえんしろにん
せんじゅうしょう
次の古文は、範円上人という僧の出家するまでのいきさつを綴った説話 「撰集抄」の一節で
だざいふ
そち
ある。ここでは、範円上人が大宰府の長官 (帥)になって、任地に妻を連れて赴くところか
ら始まっている。 これを読んであとの問に答えなさい。なお、設問の都合により、本文を少
し改めたところがある。
つく
帥に成りて、筑紫 (九州地方)にくだりいまそかりける時、都よりあさからず覚え給へり
ける妻をなんいざなひていまそかりけるを、いかが侍りけん、あらぬかたにうつりつつ、花
の都の人はふるめかしく成りて、うすきたもとに、秋風の吹きてあるかなきかをもとひ給はず
成りぬるを、「憂し」」と思ひ乱れてはれもせぬ心のつもりにや、この北の方なんおもく煩ひて、
都へのぼるべきたよりだにもなくて、病はおもく見えける。
かな
とさまにしても都にのぼりなむと思ひ侍れども、心に叶ふつぶねもなくて、海をわたり、山
を越べくも覚えざるままに、帥のもとへかく、
こと
とへかしな置き所なき 露の身はしばしも言の葉にやかかると
とよみてやりたるを見侍るに、日ごろのなさけも、今さら身にそふ心ちし給ひて、哀れにも
すでにはかなく成らせ給ひぬといふに、
侍る程に、又人はしり来たりて
P
といふに、夢に夢見る心ちして、
我が身にもあられ侍らぬままに、てづからもとどり切りて、横川といふ所におはして行ひす
ましていまそかりけり。
わづら
(『撰集抄』)