けど、恥ずかしいということは、その分あのときの私は本気だったのだ。あとから恥ずか
しくなるくらい本気の本気で、もうこれ以上、小説を書くことを我慢して受験勉強を続け
ることは無理だ、と思ったのだ。当時、私の頭の中には、とあるタイムリミットがあった。
まだ誰にも見せたことのない砂時計は、少しずつ、だけど確実に、その中身を減らしてい
た。そんな状況の中ではやはり、もう一年も待つことはできなかった。
静かで狭い部屋の中、母の顔をしっかりと見られなかったことを覚えている。母はきっ
と、こいつは何を言っているんだろうと思っていただろう。それでも私は、上京を選択し
た。故郷を出ることはさみしかったけれど、それ以上に、上京を選択した自分に少し、酔
っていた。
五月が誕生日である私は、大学生活が始まるとすぐ、十九歳になった。世の中の小説家 1
の多くが住んでいる街、世の中にある本のほとんどを生み出している街―東京にいるだ
けで、私は、まるで自分が夢に近づいたような気がしていた。さらに、初めての一人暮ら
し、遊ぶ場所の多い学生街、新しい友人…私の両手はあっという間にいっぱいになって
しまい、いつしか、あの日手に取った選択肢をどこかへ放ってしまっていた。
もうあと数か月で二十歳になってしまうそのときまで、私は自分の中に眠るタイムリミ
トの存在を忘れていた。誰にも見せていなかった砂時計は、あと少しで、上の部分が空
から
「母の頭をしっかりと
見られなかった」のは、
なぜか。
「あの日手に取った選
択肢」とは、何か。