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次の【文章Ⅰ】は、鎌倉時代の歴史を描いた「増鏡』の一節、 【文章Ⅱ】は、後深草院に親しく仕える二条という女性が書い
た『とはずがたり」の一節である。 どちらの文章も、後深草院(本文では「院」)が異母妹である前斎宮(本文では「斎宮」)に恋慕する
場面を描いたものであり、【文章Ⅰ】の内容は、【文章I】の6行目以降を踏まえて書かれている。【文章Ⅰ】と【文章Ⅱ】を読んで、
後の問い(問1~4) に答えよ。 なお、設間の都合で【文章Ⅱ】の本文の上に行数を付してある。(配点 50 )
【文章Ⅰ】
→問4⑥①
H 院も我が御方にかへりて、うちやすませ給へれど、まどろまれ給はず。ありつる御面影、心にかかりておぼえ給ふぞいと
わりなき。 「さしはへて聞こえむも、人聞きよろしかるまじ。 いかがはせむ」と思し乱る。 御はらからといへど、 年月よそにて生
ひたち給へれば、うとうとしくならひ給へるままに つつましき御思ひも薄くやありけむ、なほひたぶるにいぶせくてやみ
なむは、あかず口惜しと思す。 けしからぬ御本性なりや。
なにがしの大納言の女、御身近く召し使ふ人、かの斎宮にも、さるべきゆかりありて睦ましく参りなるるを召し寄せて、
「なれなれしきまでは思ひ寄らず。ただ少しけ近き程にて、 思ふ心の片端を聞こえむ。 かく折よき事もいと難かるべし」
Bせちにまめだちてのたまへば、いかがたばかりけむ、夢うつつともなく近づき聞こえ給へれば、いと心憂しと思せど、あ
えかに消えまどひなどはし給はず。
→問4個○
【文章】
1
斎宮は二十に余り給ふねびととのひたる御さま、神もなごりを慕ひ給ひけるもことわりに、花といはば、桜にたとへて
も、よそ目はいかがとあやまたれ、霞の袖を重ぬるひまもいかにせましと思ひぬべき御ありさまなれば、ましてくまなき御心の
内は、いつしかいかなる御物思ひの種にかと、よそも御心苦しくぞおぼえさせ給ひし。
御物語ありて、神路の山の御物語など、絶え絶え聞こえ給ひて、
「今宵はいたう更け待りぬ。 のどかに、明日は嵐の山の禿なる梢どもも御覧じて、御帰りあれ」
など申させ給ひて、我が御方へ入らせ給ひて、いつしか、
「いかがすべき、いかがすべき」
問4 (①④
と仰せあり。 思ひつることよとをかしくてあれば、
「幼くより参りししるしに、このこと申しかなへたらむ、 まめやかに心ざしありと思はむ」
10 など仰せありて、やがて御使に参る。ただやおほかたなるやうに、「御対面うれしく。御旅寝すさまじくや」などにて、忍びつ
つ文あり。氷襲の薄様にや、
「知られじな今しも見つる面影のやがて心にかかりけりとは」
更けぬれば、御前なる人もみな寄り臥したる。御主も小几帳引き寄せて、 御殿籠りたるなりけり。 近く参りて、事のやう奏
すれば、御顔うち赤めて、いと物ものたまはず、 文も見るとしもなくて、うち置き給ひぬ。
「何とか申すべき」
→問4⑥◯①
と申せば、
「思ひ寄らぬ御言の葉は、何と申すべき方もなくて」
とばかりにて、また寝給ひぬるも心やましければ、帰り参りて、 このよしを申す。
「ただ、寝たまふらむ所へ導け、導け」
20責めさせ給ふもむつかしければ、 御供に参らむことはやすくこそ、しるべして参る。 甘の御衣などはことごとしければ、御
大口ばかりにて、忍びつつ入らせ給ふ。
まづ先に参りて、御障子をやを開けたれば、ありつるままにて御殿籠りたる。 御前なる人も寝入りぬるにや、音する人もな
く、小さらかに追ひ入らせ給ひぬる後、いかなる御事どもかありけむ。
問4⑥〇
5
AJ
(HF)
条が幼いときから完の剣近くにいたことを旨す。