ぶしょうし
しんし
次の文章は『武昌志」の一節である。辛氏は、居酒屋を営んでいた。 以下の部分は、ある日、みすぼらしい様子の老人(先
生)が辛氏の店にやって来た場面である。これを読んで、後の問いに答えよ。設問の都合により、返り点と送り仮名を省い
た箇所がある。)(配点 二〇)
スヤ
ムコト
テス
キコト
生謂辛氏日、「許 飲酒」否。」辛氏不二
しょく
(注2)
ヒテ
此半歳、辛氏
少
11
無色
(注3)
せう
きつ
ひヲ
画 日
鶴
先
生謂辛
於
壁
先 十
拍
無
年
手。
可酬汝。」遂取 小籃橘皮、画
せん
-シテ
歌之、黄鶴蝙蹉
かさ
ばかり
ニシテ
許而辛氏累巨
供許
先生 給如意。」
ヒテ
先生 生笑
下画鶴飛
=
来
日
ニセン
而
ヤト レガ
舞、
後
先
、「吾豈為」此。」忽取笛
先生前遂
律応節
生飄
(注5) ぜん
クコト すう
故
乃
敢
辛
衆
為氏
辞
氏
人
日
飲
至。
(注7)
跨
鶴
乗
雲
吹っ
数
弄
須
またがり
リテ
而
去
多
負
イ)
311
巨
杯。
シテ
酒
黄色而坐者
ゆニシテ
費
銭。
シテ
観之。
ハクハためニ
謝日、「願為三
白雲自空
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