VEL-1 第2講 【問題】 『日本の一文 30選』
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第2講 次の文章は「日本の一文30選』(中村明)の一節で、坂口安吾「桜の森の満開の下」の表現
について説明したものである。本文を読んで後の問いに答えなさい。尚、には誤記された語
句が一か所ある(問三)。
気のやさしい山賊が、しばらくいっしょに暮らしてきた女を背負って、満開の桜の森の
中に一歩足を踏み入れると、とたんに異様な雰囲気を感じる。振り返ると、背中の女が「ロ
は耳までさけ、ちぢくれた髪の毛は緑」、「全身が紫色」で、「顔の大きな老婆」に見えた。 こ
れは鬼だと思い、あわてて振り落とそうとするが、相手は落とされまいと咽喉にしがみつ
く。その手に力がこもると、男は首が絞まって目の前が暗くなる。夢中で相手の首を絞め
たらしく、気がつくと、女はすでに息絶えたのか、地面に横たわったまま身動きひとつし
ない。
その場面で、作者の坂口安吾は、「彼の呼吸はとまりました。彼の力も、彼の思念も、す
べてが同時にとまりました」と書き、「女の死体の上には、すでに幾つかの桜の花びらが落
ちてきました」と続ける。
ここでは、その直後に出てくる「彼は女をゆさぶりました。呼びました。抱きました。徒
労でした。彼はワッと泣きふしました。」という一節に注目したい。連続する五つの文はす
べて短く、しかも、どの文間にも、接続詞がまったく使われていないのだ。どうして、こ
んな形になったのだろう。
まず、この情報をすべて、たった一つの文にまとめてみよう。「彼は女をゆさぶって呼ん 1
だり抱いたりしましたが、徒労だったのでワッと泣きふしました」というふうに、全体を
一文にまとめたところで、全部で四〇字ほどにすぎず、小説の文の平均程度の長さにしか
ならない。それをなぜ五つもの文に切り分けたのだろう。
短い文に切り離すにしても、「彼は女をゆさぶりました。 そして、呼びました。それから、
抱きました。しかし、徒労でした。それで、ワッと泣きふしました。」というふうに、接続 30
詞でつなぐ方法もある。それなのに、四つの文間のどの一つも、そういう接続詞でなぜ関
連づけなかったのだろうか。
実はこの二つの問いはたがいに連動しているのである。全体を一つの文にまとめるた
めには、「ゆさぶる」 「呼ぶ」 「抱く」という三つの行動の時間的な前後関係や、それらと「徒
労」、その「徒労」と「泣きふす」との因果関係をきちんと認識し、原文では切り離してある
個々の文相互の意味関係を決定してかからなければならない。
「徹夜で勉強した」と「試験に失敗した」という二つの文を接続詞でつなぐ場合を想定し
てみよう。多くの人は「しかし」「だが」「けれども」といった逆接の接続詞を想定するだろ
う。が、反対に、
といった接続詞でつなぐ人もあるかもしれない。徹
や >
夜で勉強したのにそれでも失敗したと考えるか、徹夜なんかするから当日ぼうっとして失 30
敗するんだと考えるかという、人それぞれのとらえ方の違いを反映しているのだ。