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5
組
氏名
1
真夏の宿場は空虚であった。ただ眼の大きな一匹の蠅だけは、
薄暗いの隅の蜘蛛の巣にひっかかると、後肢で網を跳ねつつしば
らくぶらぶらと揺れていた。 と、 2豆のようにぼたりと落ちた。 そう
して、馬糞の重みに斜めに突き立っている薬の端から、裸体にされ
た馬の背中まではい上がった。
馬は一条の枯れ草を奥歯にひっかけたまま、猫背の老いた者の
姿を捜している。
駅者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を三番さして負け通した。
「なに? 文句を言うな。もう一番じゃ。」
すると、ひさしをのがれた日の光は、彼の腰から、丸い荷物のよ
うな猫背の上へ乗りかかってきた。
11]
宿場の空虚な場庭へ一人の農婦が駆けつけた。彼女はこの朝早く、
街につとめている息子から危篤の電報を受け取った。それから露に
湿った三里の山路を駆け続けた。
「馬車はまだかのう?」
彼女は駅者部屋を覗いて呼んだが返事がない。
「馬車はまだかのう?」
歪んだ畳の上には湯飲みが一つ転がっていて、中から5酒色の
4 番茶がひとり静かに流れていた。農婦はうろうろと場庭を回ると、
饅頭屋の横からまた呼んだ。
「馬車はまだかの?」
先刻出ましたぞ。」
答えたのはその家の主婦である。
「出たかのう。 馬車はもう出ましたかのう。 いつ出ましたな。もうち
HOと早よ来るとよかったのじゃが、もう出ぬじゃろか?」
農婦は性急な泣き声でそう言ううちに、はや泣きだした。 が、涙も
拭かず、往還の中央に突き立っていてから、街の方へすたすたと
歩き始めた。
「二番が出るぞ。」
猫背の駅者は将棋盤を見つめたまま農婦に言った。 農婦は歩みを
止めると、くるりと向き返ってその淡い眉毛を吊り上げた。
「出るかの。 すぐ出るかのせがれが死にかけておるのじゃが、間に
38 合わせておくれかの?」
「桂馬ときたな。」
10 「まアまア嬉しや。街までどれほどかかるじゃろ。 いつ出しておく
れるのう。」
「二番が出るわい。」と駅者はぽんと歩を打った。
「出ますかな 街までは三時間もかかりますかな。三時間はたっぷ
44 りかかりますやろ。 せがれが死にかけていますのじゃ、間に合わせ
ておくれかのう?」
3
9
コ
1
2
3
5
9
7
8
9
=1
2
33
34
35
36
37
39
11
42
43
環系スポ 共通プリント1
11
45
★作者について★
斬新な表現手法により、(
の中心的存在になった。
460
他作品
(
(
を創刊
派と呼ばれる文芸流派
① 「真夏の宿場は空虚であった」はどういう状況
問二 ② 「豆のようにぼたりと落ちた」 表現技法二つ
問三 二の場面から分かる駅者の性格
問四 ③ 「ひさしをのがれた日の光は、彼の腰から、丸い荷物のよう
猫背の上へ乗りかかってきた」 表現技法二つ
問五日の光が腰から背に変化することから分かること
問六三の場面で「馬車はまだか」の繰り返しは、 農婦のどのような
思いを示しているか。 (脚問)
酒色
問七歪んだ畳の上には湯飲みが一つ転がっていて」
の番茶」から分かる取者の生活の様子
問八三の場面から分かる取者の性格
問九 「街の方へすたすたと歩き始めた」 理由
問十
⑦ずっと農婦を無視していた取者が「二番が出るぞ」と答え
た理由
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