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【共通】
次の文章はコロナ禍以前に書かれたものである。これを読んで、後の問に答えよ。(配点 五十点)
○生まれ変わったら一度は相撲取りになってみたいし、人生で初めて文学賞に応募した作品も相撲小説だった私が今気に
なっているのは、相撲の本場所での応援が、コンサートのアンコールみたいに変化してきたことである。 「豪、栄、道!」
とか「稀勢、の、里!」といったリズムで力士の名を呼びながら手拍子を打つのだ。相撲の応援といえば、ひいきの力士
の名を館内によく響かせる声で叫ぶのが名物だった。声援は、集団ではなく個人単位だった。
ひそ
私みたいな以前からの相撲ファンはたいてい眉を顰めているが、時代とともに応援のスタイルなどその競技の文化が変
化するのはありうることだろう。
変化には理由がある。私はそこが気になる。
④毎場所、毎日、テレビの放映で手拍子を聞いているうち、私は何かに感触が似ているなと思った。やがて、はたと気づ
いた。サッカーの日本代表の試合後などに、渋谷のスクランブル交差点で見られるハイタッチである。私はあれを見るた
びに、公共空間でも弾けてよいというお祭り騒ぎを、日本の人たちはすさまじく渇望しているんだなと感じる。そして、
寂しいんだなとも。
ひとことで言えば、一体感に飢えているのだろう。一体感に飢えているのは、日常が孤独だからだろう。つまり居場所
がないのだ。あるいは、 属する場はあっても、そこに過不足なく自分が収まっていると思えないのだ。浮いている、外
れている、はみ出している、蚊帳の外、いてもいなくても同じ、存在感がない、微妙に無視されている、つきあいは表面
的で理解し合っているとは言いがたい。 そんな疎外感を常日頃からどこかに抱えている。
だから非日常の場で、日常とはまったく違う人とのつながりを求 たくなる。力関係や利害関係から解放された、無礼
きせ