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現代文 高校生

ここの質問知りたいです。

■第2回 文章表現の力 月 日( 第2回 ~19 文章表現韻文・文学史・文法の力 次の文章を読んで、後ろの問いに答えよ。 句読点による意味の違い(5点×4) ちかまつもんざえもん じゅずや せっせと句読点を打つ近松門左衛門に、数珠屋が「句読点かいな、い らんこっちゃ。」と言った。二、三日後、数珠の注文が門左から届いた。― 「ふたえにまげてくびにかけるようなじゅず」 数珠屋は「二重に曲 げて首にかけるような」とは、随分(A) 数珠を欲しがるものだ と、早速そんなのを一つこしらえて持たせてやった。すると、門左は 注文書に違うと言って押しかえして来た。 数珠屋は蟹のように(B しわくちゃな注文書をつかんで門左のとこに出掛けた。門左は じろりとそれを見て、「どこにそんなことが書いてあるな、二重に曲 げ手首にかけるような、とあるじゃないか。 だからさ、浄瑠璃にも句 (薄田泣菫『茶話』) 読法がいるというんだよ。」 かに じょう すずきだ きゅうきん 2 ② ① きみはしらないのですか。 きみはしらないのですか。 かれは会社にはいらない。 かれは会社にはいらない。 警官は血まみれになって逃げる犯人を追った。 警官は血まみれになって逃げる犯人を追った。 次の文は、句読点の打ち方によって二通りの意味になるものである。 読点の位置を変えて意味の異なる二つの文を作れ(読点は各文に一つ)。 句読点による意味の違い(5点×3) 次の各文について、後ろの( )内に指示された数の句読点をつけよ。 句読点を打つ(5点×3) ある日の暮れ方の事である一人の下人が羅生門の下で雨やみを待 っていた広い門の下にはこの男のほかに誰もいないただ所々丹塗り げにん らしょうもん だれ まるばしら 剥げた大きな円柱に蟋蟀が一匹とまっている (句点4・読点5) ②道がつづら折りになっていよいよ天城峠に近づいたと思うころ雨 あまぎ 問1( )Aに入る適当な形容詞を答えよ。 問2 (Bに入ることばとして、適当なものを次から選び、記号を○で囲め。 イ固くなって ア横に走って ウ真っ赤になって 問3 二人は、それぞれ、注文書のどこに読点を置いているか。 それぞれの文に 読点を打て 138 近代文学夏目漱石 (2点×10) ふたえにまげてくびにかけるようなじゅず。 ふたえにまげてくびにかけるようなじゅず。 なつめそうせき 夏目漱石についての次の文を読んで、後ろの問いに答えよ。 高浜虚子の勧めで、雑誌「ホトトギス」に風刺小説『 を発 小説家となった。松山中学に奉職した経験に基づく「 (A)の世界を求めて旅を続ける青年画家を描いた『草枕』を執 』や 筆し、反自然主義に立った。その後、三部作『三 2 727 5 脚が杉の密林を白く染めながらすさまじい早さでふもとから私を追 はたち 2 って来た私は二十歳高等学校の制帽をかぶり紺がすりの着物に (2) 学生カバンを肩にかけていた ③ 私が自分に祖父のある事を知ったのは私の母が産後の病気で死に ばんのよう ふたつき 20 その後二月ほど経って不意に祖父が私の前に現れて来たその時であ (2 むっつ った私の六歳の時であった 次の俳句の季節を答えよ。また、解説を後ろから選び、記号で答え 近代(2点 411 ①万緑の中や吾子の歯生えそむる 中村田野 AL ② あはれ子の夜の床の引けば寄る 中村 ) ( <-18

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倫理 高校生

至急‼️この問題の答えと間違ってる部分を教えてほしいです。

プラトンの立場に対して、アリストテレスは自己実現としての人間の幸福を別の仕方で論じている。 アリ ストテレスの幸福についての記述として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。 ① 人間の幸福とは苦痛によって乱されることのない魂の平安であり、これを実現するには、公的生活から 離れ、隠れて生きるべきである。 ② 人間の幸福とは肉体という年獄から魂が解放されることであり、これを実現するには、魂に調和と秩序 をもたらす音楽や数学に専念するべきである。 ③ 人間の幸福とは自己自身への内省を通して. 宇宙の理と通じ合うことにあり、そのためには自らの運命 を心静かに受け入れることが大切である。 ④人間の幸福とは行為のうちに実現しうる最高の善であり、これを実現するためには、よき習慣づけによ る倫理的徳の習得が不可欠である。 <2003年追試> 2 ヘレニズム時代になって提唱された哲学・思想についての記述として最も適当なものを、次の①~④の うちから一つ選べ。 ① 戦乱により崩壊したポリスに縛られることなく、個人の内面に目を向け、 人間の幸福は魂の自由と平安 にある, とする考え方。 ②知恵のを具えた哲学者が、善のイデアを基準にして国家を正しく治めることにより、国家の正義が実 現されるという考え方。 ③ 魂の徳が何であるか,その定義を知ることによって、 徳を具えると同時に幸福な人になりうるという 考え方。 ④ 自然現象の根底に存在する不変の原理であるアルケーを,ロゴスによって探求するべきだとする考え 方。 <2007年追試 > 21 理想的な生き方を考察したヘレニズムの思想家についての説明として最も適当なものを、次の①~④の うちから一つ選べ。 ① エピクロスは、あらゆる苦痛や精神的な不安などを取り除いた魂の状態こそが、 幸福であると考えた。 ②エピクロスは、 快楽主義の立場から、いかなる快楽でも可能な限り追求すべきであると考えた。 ③ ストア派の人々は、人間の情念と自然の理法が完全に一致していることを見て取り, 情念に従って生き るべきだと考えた。 ④ ストア派の人々は、いかなる考えについても根拠を疑うことは可能であり、 あらゆる判断を保留するこ とにより、 魂の平安を得られると考えた。 <2021年本試〉 2 次の文章は ストア派の理法の考え方を発展させたキケロが,法の位置づけについて述べたものである。 その内容の説明として最も適当なものを下の①~④のうちから一つ選べ。 まるで盗賊が寄り合って制定した規則同様に、法律という名とは関わりのない多くの有害無益な規則が諸 国に制定されているのは、驚いたことだ。 例えば、 無知で無経験な人間が薬の代わりに致死の毒を処方した 場合、それは医者の処方であるとはとうてい言えないように、 国家の場合にも、たとえ国民が有害な規則を 受け入れたとしても、それは法律の名には値しないのだ。 したがって、法律とは正邪の区別にほかならず。 同時にまた. 万物の根源であるあの太古以来の自然というものの表現でもあるのだ。 そして、悪人を罰し善人 を守護する任を帯びた, 人の世の法律は、この自然を範として定められたものだ。 (『法律について」より) ① 法律は自然に従って定められる限り、善人と悪人を公正に裁くことができる。 というのも, 太古以来 善人の総意によって、 自然そのものが管理され、 形作られてきたからである。 ② 法律は自然に従って定められる限り、善悪と正邪を誤りなく区別することができる。 なぜなら、法が模 範とすべき原初からの自然は、 あらゆるものの根源でもあるからである。 ③ 法律は自然に従って定められただけでは、善人と悪人を公正に裁くことはできない。 というのも、法律 を用いるのは国家であり、 それを構成する国民は自然とは関わりがないからである。 ④ 法律は自然に従って定められただけでは、善悪と正邪を誤りなく区別することはできない。なぜなら、 豊富な知識や経験に基づかなければ、法律は有害なものともなり得るからである。 <2016年本試〉 「人間の本性を踏まえた上で、人はどう振る舞うべきだと考えられてきたのか」 に関して AとBは図書 ~c]に入る語句の組 館で見付けた次の資料1と資料2を比べ、後のメモを作成した。 メモ中の 合せとして最も適当なものを、後の①~⑥のうちから一つ選べ。 資料1 プラトン 「国家」 で紹介されるソフィストの思想 全ての者の自然本性は、他人より多く持とうと欲張ることを書きこととして本来追及するものなのだが、 それが法によって力ずくで平等の尊重へと、脇へ逸らされているのだ。 資料2 キケロ 「義務について」より 他人の不利益によって自分の利益を増すことは自然に反する。 我々が自己利益のために他人から 略奪し他人を害するようになるなら。 社会 これが自然に最も即しているが崩壊することは必然だ。 メモ 資料1によれば、ソフィストは a を重視し、これが社会的に抑圧されているとする。 先生による と資料2の背景にも、 自然の掟を人為的な法や慣習より重視するという資料1 との共通点があるとのこと だが, 資料2では他者を犠牲にしたbの追求は、自然に反する結果を招くとされる。 さらに調べた ところ、 資料2を書いたキケロの思想はストア派の主張を汲んでおりこれはc の一つの源流とさ れているということを学んだ。 ①a 人間の欲求 b 自己の利益 C 功利主義 ②a 人間の欲求 b 自己の利益 C 自然法思想 (3 人間の欲求 b 社会の利益 C 自然法思想 (4) a 平等の追求 b 自己の利益 C 功利主義 ⑤ a 平等の追求 ⑥ b 社会の利益 C 功利主義 a 平等の追求 b 社会の利益 自然法思想 <2023年本試> 2 古代ギリシアの哲学者についての説明として最も適当なものを、次の①~④のうちから選べ。 ① ソクラテスは、魂を何より大切にせよと説き, アテネ市民の魂をできるだけ優れたものにするために. その当時に知者とされた人々の考えを批判的に吟味し、その成果を著作として残した。 プロタゴラスは人間の感覚や判断を超えた普遍的真理を探究し、 ノモス的なものに対する人々の関心 を増大させた。 言葉の技術を用いた彼の活動は、 ソクラテスに大きな影響を与えた。 ③プラトンはソクラテスを主人公とする多くの対話篇を残した。 そこでは、真理を求めたソクラテスの 精神が継承されており、善く生きるための探究を担うのは理性であるとされた。 ④ プロティノスは, 神秘主義的立場からプラトンのイデア論に独自の解釈を加えて発展させ. 万物には善 と悪との二つの根源があり、これらの根源からの流出により世界が構成されると説いた。 <2020年追試 > 2 次のア~ウは古代ギリシアの古典や思想家についての説明である。 その正誤の組合せとして正しいものを. 後の①~⑧ のうちから一つ選べ。 ア 「イリアス」と「オデュッセイア」においては, 神々が運命を司り。 世界の様々な事象を引き起こすと いう神話的な世界観が展開されている。 イゴルギアスは「あらぬものについて」 で, あらゆる物事について、 実際にありはしない あっても理解 できないし、理解できたとしても言葉で伝えられないと論じ、 議論によって得られる真理に疑いのまなざ しを向けた。 ウエピクロスは、 あらゆる現象は原子の働きに基づくという知が, 人間を. 迷信や死への恐怖から解放し 得ると考えた。 ①ア正 正 ウ正 ③ ア正 ウ正 イ誤 イ正 ウ 正 ⑥ ア イ誤 ウ正 ⑧ ア誤 ② ア正 イ正 ウ誤 ア 正 イ誤 ウ誤 イ正 ウ イ誤 ウ <2022年改〉 ⑤ ア ⑦ア誤 ギリシア思想 第2章 ギリシア思想- 23

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現代文 高校生

なぜこの文章からナバホが子どもの自立を尊重し、ユダヤ人が子ども達を大人と同様に教育していることが分かるのか教えてほしいです。

自身の経験も異なってくる。 H. ( 1)、ナバホ・インディアンは子どもを自立したものと考え、部族の行事のすべ てに子どもたちを参加させる。子どもは、庇護されるべきものとも、重要な責任能力が ないものとも看做されない。子どもの言葉は大人の意見と同様に尊重され、交渉ごと で大人が子どもの代弁をすることもない。子どもが歩きだすようになっても、親が危険 なものを先回りして取り除くようなことはせず、子ども自身が失敗から学ぶことを期待 する。こうした子どもへの信頼は、われわれの目には過度の放任とも見えるが、自分と 他者の自立を尊重するナバホの文化を教えるのにもっとも有効な方法であるという。 (2)、東ヨーロッパの伝統的なユダヤ人コミュニティーでは、知識が豊かである ことは道徳的に正しいことであると考えられており、男児の(男児に限られていたが) 教育にたいへん関心が払われた。赤ん坊のちょっとしたしぐさも、知的早熟の兆しでは ないかと見られたし、五歳ごろにはもう正式の教育が始められた。幼児であっても、ほ 2 かの年齢の子どもに混じって週に五日間、午前八時から午後六時までの勉強が課せられ、 終生続けられるべき学問のための訓練が施された。

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現代文 高校生

2枚目P22ページの例えば、から何言ってるのかわかりません。 現代文得意な方詳しく説明願います

がした 可能 いわ * いや生全体に 二〇一七年度 第 次の文章を読んで、後の設問に答えよ。 与えられた困難を人間の力で解決しようとして営まれるテクノロジーには、問題を自ら作り出し、それをまた新たな技術の開発 によって解決しようとするというかたちで自己展開していく傾向が、本質的に宿っているように私には思われる。 科学技術によっ て産み落とされた環境破壊が、 それを取り戻すために、新たな技術を要請するといった事例は、およそ枚挙にいとまないし、感染 防止のためのワクチンに対してウィルスがタイセイを備えるようになり、新たな開発を強いられるといったことは、毎冬のよう に耳にする話である。東日本大震災の直後稼働を停止した浜岡原発に対して、中部電力が海抜二二メートルの防波堤を築くことに よって、「安全審査」を受けようとしているというニュースに接したときも、同じ思いがリフレインするとともに、こうした展開に はたして終わりがあるのだろうかという気がした。 技術開発の展開が無限に続くとは、たしかにいい切れない。 次のステージにな にが起こるのか、当の専門家自身が予測不可能なのだから、先のことは誰にも見えないというべきだろう。けれども科学技術の展 開には、人間の営みでありながら、有無をいわせず人間をどこまでも牽引していく不気味なところがある。いったいそれはなんで あり、世界と人間とのどういった関係に由来するのだろうか。 けんいん 医療技術の発展は、たとえば不妊という状態を、技術的克服の課題とみなし、人工受精という技術を開発してきた。その一つ体 外授精の場合、受精卵着床の確率を上げるために、排卵誘発剤を用い複数の卵子を採取し受精させたうえで子宮内に戻す、といっ たことが行なわれてきたが、これによって多胎妊娠の可能性も高くなった。 多胎妊娠は、母胎へのフィジカルな影響や出産後の経 済的なことなど、さまざまな負担を患者に強いるため、現在は子宮内に戻す受精卵の数を制限するようになっている。だが、この 制限によっても多胎の「リスク」は、自然妊娠の二倍と、なお完全にコントロールできたわけではないし、複数の受精卵からの選択、 また選択されなかった「もの」の「処理」などの問題は、依然として残る。 いろう いずれにせよ、こうした問題に関わる是非の判断は、技術そのものによって解決できる次元には属していない。体外授精に比し より身近に起こっている延命措置の問題。 たとえば胃瘻などは、マスコミもとりあげ関心を惹くようになったが、もはや自ら食 事をとれなくなった老人に対して、胃に穴をあけるまでしなくても、鼻からチューブを通して直接栄養を胃に流し込むことは、か なり普通に行なわれている。このような措置が、ほんのその一部でしかない延命に関する技術の進展は、以前なら死んでいたはず の人間の生命をキュウサイし、多数の療養型医療施設を生み出すに到っている。 しかしながら老齢の人間の生命をできるだけ長く引き伸ばすということは、可能性としては現代の医療技術から出てくるが、現 実化すべきかどうかとなると、その判断は別なカテゴリーに属す。「できる」ということが、そのまま「すべき」にならないのは、 核爆弾の技術をもつことが、その使用を是認することにならないのと一般である。 テクネー (TEX(VM) である技術は、ドイツ語 Kunst の語源が示す通り、「できること(können)」の世界に属すものであって、「すべきこと (sollen)」とは区別されねばならない。 テクノロジーは、本質的に「一定の条件が与えられたときに、それに応じた結果が生ずる」という知識の集合体である。すなわ ち、「どうすればできるのか」についての知識、ハウ・トゥーの知識だといってよい。それは、結果として出てくるものが望ましい かどうかに関する知識、それを統御する目的に関する知識ではないし、またそれとは無縁でなければならない。その限りのところ それが単なる道具としてニュートラルなものに留まりえない理由もある。 では、テクノロジーは、ニュートラルな道具だと、いえなくもない。ところが、こうして「すべきこと」から離れているところに、 ほうてき テクノロジーは、実行の可能性を示すところまで人間を導くだけで、そこに行為者としての人間を放擲するのであり、放擲され た人間は、かつてはなしえなかったがゆえに、問われることもなかった問題に、しかも決断せざるをえない行為者として直面する。 妊婦の血液検査によって胎児の染色体異常を発見する技術には、そのまま妊娠を続けるべきか、中絶すべきかという判断の是非 を決めることはできないが、その技術と出会い行使した妊婦は、いずれかを選び取らざるをえない。いわゆる「新型出生前診断」 3限目 問題文

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古文 高校生

このプリントの答えがわかる方いませんか?? 教えて欲しいです🙏

年( w - 8 助動詞のまとめ 次の()内の助動詞を、適当な形に活用させよ。 10日ごろは音にも聞き(つ)らむ。 日ごろにも(わが名を きっと聞いているだろう。 風光の人を感動せ (しむこと、まことなるかな。 女のまじかりけるを、 解析古典文法 四訂版 (火) 20 助動詞演習問題 女として)自分のものにできそうもなかった女を、 君はあの松原へふらせたまへ。 (家) 次の線の助動詞について、それぞれ基本形と文法的意味、文中 活用形を答えよ。 あなた様はあの松原 (中) へお入りください。 イ完了 を感動させることは、本当なのだなあ。 自然 (五) ア不可能 エ打消 過去 オ反実仮想 強意 ク ウ 尊敬 力使役 ケ 推定 ゆかしかり(き)と、神へ参るこそ本意なれと、 知りたかったけれども、神へ参することが本来の目的であると思って、 コ 現在推量 おとなしく知りぬ (べし)したる神官を呼びて、 年配で物を心得ていそうな顔をした神官を呼んで、 ⑤大井の民に仰せて水草を作らせ (らる) けり。 大井川沿いに住む土地の住人に命じて水車を作らせなさった。 次の傍線部の助動詞の文法的意味と活用形を答えよ。 やがて面影は推し量らるる心地するを、 (七) すぐにその人のかたちが自然と思い浮かぶ感じがするが、 「聞きしにも過ぎて、尊くこそおはしけれ」 (五二) 次の傍線部の助動詞の文法的意味として、最も適当なものを後から 選んで答えよ。 「噂に聞いたのにもまさって、尊くていらっしゃったことだ」 道知れる人もなくて、まどひ行きけり。 (九) ①咲きぬべきほどの、散りしをれたる庭など、 (1) 今にも咲いてしまいそうな(桜) (花) りいた庭など、 この木なからましかば、と覚えしか。 ( ) 道を知っている人もいなくて、迷いながら行ったそうだ。 わが入らむとする道はいとう細きに、 私が入ろうとする道はひどく暗く細いうえに、 のどかなる事は、もせず、やがてかけぬ心ととぬぬ 人は、一夜の中に、さまでかはるさまもみえめにやあらむ。の重 住する際なくして、死期既に近し。されども、いまだ病急なら 死におもむかざる程は、常にならひて、生の中におほ の事を成して後 しづかに道をせむと思ふほどに、病をうけて 死門にのぞむ時、所一事も成せず。 いふかひなくて、年月を 悔いて、この度もしたちなぼりて命を全くせば、夜を日につぎて、こ 事の事らず成じてひと、ひをおこすめど、やがて重り ぬれば、我にもあらず取り乱してはてぬ。このたぐひのみこそあら この事、まづ人々いそぎ心におくべし。 日本 日本 ex この木がないならば (どんなにかよかったのに、と思われた。 「いかに心もとなく思すらむ」と言ひて、 (十三ノ いまはてに、弓の音すなり。 (今昔物語・二五ノ一二) 言葉もまだ終わらないうちに、弓の音がするようだ。 「どこんなにか待ち遠しくお思いになっているだろう」と言って、 所を成じて後ありて道にむかはむとせば、所尽くべから 姫の生の中に、何事かなさむ。すべて所願妄想なり。 所 ならねども、これらにも、猫の経上がりて、 八九) 山ではないけれども、このあたりにも、年をとって、 心ありかかるにやあらむと思ひ疑ひて、 浮気心があってこのように寛大であるのだろうかと男は疑わ しく思って、 この人々の深志は、この海にも劣らざるべし。 この人々の深いは、この海の深さにも劣らないだろう。 ならましかば、かくよそに見侍らじものを。 一六七 私の専門であったならば、このように傍観していますまいものを。 徳大寺にもいかなる故かはべりけん。 (10) 大寺にもどのような理由がございましたのでしょうか。 助動詞のまとめ セットでまとめる助動詞の意味の違い 接続でまとめる助動詞 接続で区別する助動詞 20 接した過去の回想 経験過去 ・・・間に知った過去の回想(伝聞過去) 未来推量(だろう) らむ らる・す・さす・しむ・む・む ずまし・ず・・まほし (今ごろは・・・ているだろう) けむ・過去・・ただろう) →べし。 「ラ変型連体形 (・・・・・つ・ぬたり・けむ・たし らむ・めり・らし・ベレ・ まじなり(伝聞推定) 強調しまじ 連体形なり(新定)・たり(新定)ごとし 連体形体言 いらし的事実に基づく推量 未然形四段已然形・・・り ④連用形 +なり→断定 めり・・・覚的に基づく推 上下の接続 なり・・・覚に基づく推量 の正体がわかる 直前の活用 動詞→後の接続 文中の活 未然形 +ぬ→打消 「ず」 連体形 連用形 ぬ→完了 「ぬ」終止形 (未然形 +→打消 「ず」 已然形 運用 +ね→完了「ぬ」命令形 終止形(ラ変型連体形)+なり→伝聞・推定 +に→完了 「ぬ」連用形 連体形体に→断定 「なり」 適用形 ⑤四段変ラ未然形+る・れ→自発・可能 (a) サ未然形四段已然形+る・れ→完了・存続 受身・尊敬 "L+H() 心にきたらば、安心迷乱すと知りて、一事をもなすべからず。直 ちに万事を放下して道にむかふ時、さはりなく、所作なくて、心身な がくしづかなり。 (注)1 そのままの状態にとどまっていることなく 2 平生の人生はいつまでも不変なものであり、いつも平安に生 活していけるという考え 3 死門にのぞむ時・・・死を目前にした時 5 幻の生… 幻のようにはかない人間の一生 6 妄想った考え 7 心乱す…誤った考えが心を迷わせ乱す 8 下関係を断って 心身をすること 怠慢 9 com F 四 古典文法 200 P.62 200 P.102 学習日 税 悪 形

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現代文 高校生

現代の国語『無通過する社会のゆくえ』(森岡正博)についてです。 この問いに答えていただけませんか? 赤色棒線部(写真を参考してください)の 「人類は昔から、こういう問題に直面してきたのです。」とありますが、この問題の「現代」における特徴を、筆者はどのように説明していますか。

でいます。 無痛文明が最も進んでいるのは、おそらくアメ リカ合衆国と日本ではないでしょうか。 では、苦しみからどこまでも逃げ続けていく仕組みが社 会の中で発展したとして、それのどこが悪いのか、という 疑問が浮かぶと思います。 文明の進歩とはそういうもので あっただろう。それは文明の輝かしい勝利なのではないか、 何てすばらしいんだ、と。はたして、そうでしょうか。 これは非常に悩ましく難しい問題です。 現代哲学が正面 から立ち向かって、深く掘り下げるべき問題ではないかと 思います。 今体験しているさまざまな苦しみ、 将来ふりか かってくるであろうさまざまな苦しみ、そういうものから、 多くの人々が次々と逃げ続けることができるような仕掛け が張りめぐらされている社会は、いい社会だと思いますか。 皆さん、どうお考えでしょうか。 この問いかけを若い人たちにすると、彼らはイエスとは B なかなか答えずに、考え込みます。 苦しみから次々と逃げ続けることができるのは文明の勝 ることができ、快楽、刺激、安楽さ、快適さ、これらを十 分に経験することができる。するとどうなるか。「気持ち がいいけれどもよろこびがない、刺激が多いけれども満た されない」、という状態になるのではないでしょうか。 こ れが、現代文明の根本問題だと私は思うのです。 私もここまでいろいろ考えてきてわかったのですが、 実 はこれは現代に特有の問題ではないのです。 これは、非常 に古くから哲学や宗教が、それぞれの時代に即して考えて きたことなのです。 ある人が財産を手に入れ、権力を手に入れ、 好きな人を 手に入れ、時間を手に入れ、快楽を手に入れ、刺激を手に 入れ、さあどうなったかというと、その人の人生は不幸に なりました、というお話を我々はたくさん持っています。 どの文化でも持っています。 これは何を意味しているのか。 やはり人類は昔から、こういう問題に直面してきたので す。快楽はあるけれどもよろこびがない、物はあるけれど も充足しないという問題に。ところが、昔の社会では、こ 利だし、それでどこが悪いのかと問われたとき、私はどう 答えるか。そこに何か問題があるとすれば、それは我々か 「よろこび」が失われていくことだ、というのが私の結 論です。 苦しみから次々に逃れていった後に何が残るかというと、~ 快楽と快適さと安楽さが残ります。 社会の中で、人間関係 の中で、人生の中で体験する苦しみからどんどん逃れてい そうしてどうしても逃れられない苦しみがあれば、そ れに目隠しをして見ないことにする。 すると、そういうも のは全部目の前からなくなって、そのあとに何が残るかと いうと、快楽、快適さ、安楽さが残る。 欲しい刺激は手に 入れられる、 楽をしたいときには楽ができる。 こういう状 態になるのです。 もちろん今の段階の文明は、まだそこまで行ってはいま せん。そこを目指して動きはじめたところですから、 まだ 5 そこまで行っていないのですが、もしそこまで行き着いて しまったらどうなるのか。 苦しみからいくらでも逃れ続け ういう状況に陥る人は少数でした。たとえば、権力の頂点 に立って人々から搾取している貴族や王族などの、一握り の人々だけだったでしょう。 すなわち、文明が進歩した結果、昔は一握りの貴族とか 王様だけが陥っていた状況が、 大衆化したと考えられるの です。 無痛化する現代文明とは、昔は一握りの人しか抱え 込むことのなかった富の逆説を、社会全体で抱え込まなけ ればならなくなった文明のことなのです。 出典 『生命学をひらく自分と向きあう「いのち」の思想」 (二〇〇五年刊) 5 175|意見を述べる 無化する社会のゆくえ | 174

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