【②-5】[標準解答時間 15分]
次の文章を読んで、後の問に答えよ。
漱石がロンドンの安下宿で「神経衰弱」になるまでに苦しんだのは、心細いほど金が
なかったせいだけではない。自分がこれから、研究しようとしている「英文学」の存在
がきわめて頼りないものだったのだ。それは二一年間の留学期間で研究しなければならな
い漱石自身のアイデンティティーをも脅かさずにはいない。自分がいっ さい何をして
いるのかわからないというのは恐ろしいことだ。
やむなく漱石は、有名な作品、題名だけは知っているが、まだ読んでいない本を、こ
の機会にとにかく手当たり次第、一冊でも余計に読破するという「検束なき読書法」で
読み進めていくことにした。だが、やがて一年後、読了した本は読んでない本と比較して、
ごくわずかな量にすぎなかった。漱石はこの事実に打ちのめされ、いわゆる「神経衰弱」
になるのである。
漱石のこの苦しみについて、英文学者であり作家でもある吉田健一が、たいへん「辛
辣なことを言っている。吉田健一によれば、まだ読んでいない本の数に悩まされるとい
うのは、要するに一つの作品を読んで得られるものが少なく、つまり作品理解の程度が
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別冊 実践編