前半の似ているものを嫌っていること(いわゆる同族嫌悪)は大体合っていますが、自分自身を見出せることが嫌というのは少しづれていると思います(これもどちらかと言ったら同族嫌悪)
自己嫌悪とは自分のことが嫌になること、つまり自己否定的な感情です。筆者は晩年に吉田健一が自分が漱石と同じく、読まなければならない本がまだまだ合って打ちのめされたと書いている(つまり自分が漱石と似ていることを自覚していた)ことから、筆者は吉田健一が漱石を批判したのは自己に対する否定的、批判的な意味合いが強かったのではないかと考えているわけです。
国語の苦手な人なりに頑張って回答を作ってみました。もしかしたらまだ違っているかもしれません。わからないことやまちがっているところがあれば教えてください。