重衡と女房の別れ
敬意の方向
平重衡(中将)は源氏方に捕らえられたが、思いを交わしていた女房に手紙を
送った。女房は混涙に暮れて返事を書き、その手紙が重衡のもとに届けられた。
見しまねう、
政時持ちて参りたり。また守護の武士ども、「見まらせん」と申せば
さし上げる(き粒)
見せてげり。「苦しうも候ふまじ」とて参らする。
中将、文を見給ひて、いよいよ思ひや増さり給ひけん、土肥の次郎に向
かひてのたまひけるは、「年ごろあひ知りたる女房に対面して、申したき
ことあるは、いかがすべき」とのたまへば、実平なさけある者にて、「まs
ことに、女房なんどの御ことにてわたらせ給ひ候はんには、何かは苦しう
候ふべき」とて許したてまつる。中将、なのめならずよろこびて、人の車
を借りて参らせ給へば、女房、取るものも取りあへず、いそぎ乗りておは
したる。縁に車をさし寄せて、「かう」と申せば、中将車寄せに出で向か
ひ、「守護の武士どもの見たてまつるに、下りさせ給ふべからず」とて、0
すだれ
車の簾 をうちかづきて、手に手を取りくみ、顔を顔に押しあてて、しば
し物ものたまはず。
(注) *政時…以前重衡に仕えていた従者。
*土肥の次郎…源頼朝の重臣。「実平」も同じ。