のぼ
げつ
木内昇
雨月物語
通学路の途中にこんもりした森があって、小学生の私たちはそれを、「お母さんの森」
と呼んでいた。同級生の久子ちゃんが、 「あの森にある木の葉っぱを、傷口に貼るとすぐ
怪我が治るの。お母さんみたいに守ってくれる木なんだよ。」と言ったことからその名が
ついた。実際には、そこはただの雑木林で、もちろん木の葉に特別な薬効があることもな
く、それによってたちまち傷が癒えたという話も聞かなかった。全ては久子ちゃんの創作
なのだった。けれど幼かった私は、学校の行き帰りに「お母さんの森」を見ると必ずほっ
としたし、悲しいことがあったときは森に分け入り、自分を慰めたりもしたのだった。
子供というのはたぶん、そんなふうに何でもない風景や日常から自在に物語を生みだし、
それを信じられる生き物なのだ。当時住んでいた東京郊外の街にはまだたくさんの自然が
あって、私も友人たちもその景色の隅々にまで物語を宿すことに夢中になった。滑稽な話、1
優しい話、残酷な話、恐ろしい話。友人たちが紡ぐ、やや支離滅裂で、しかしとてつもな
Jt Jr 24
ひさ こ