「あるとき、 夜中にふと目が覚める。」 と彼は話
し始める。 「正確な時刻はわからない。 たぶん
二時か三時か、 そんなものだと思う。 でも何
時かというのはそれほど重要なことじゃない。
とにかくそれは真夜中で、僕はまったくのひと
りぼっちで、まわりには誰もいない。 いいか
い、 想像してみてほしい。 あたりは真っ暗で、
何も見えない。物音ひとつ聞こえない。時計
の針が時刻を刻む音だって聞こえない一時計は
とまってしまったのかもしれないな。 そして僕
は突然、 自分が知っている誰からも、自分が
知っているどこの場所からも、信じられないく
らい遠く隔てられ、 引き離されているんだと感
じる。 自分が、この広い世界の中で誰からも愛
されず、誰からも声をかけられず、 誰にも思い
出してもらえない存在になってしまっているこ
とがわかる。 たとえ僕がそのまま消えてしまっ
たとしても誰も気づかないだろう。 それはまる
で厚い鉄の箱に詰められて、 深い海の底に沈め
られたような気持ちなんだよ。 気圧のせいで心
臓が痛くて、そのままふたつにびりびりと張り
裂けてしまいそうな―そういう気持ちってわか
るかな?」