シェークスピアの『リア王』
は老いに悩む人の物語である。
「わしは今や、統治の大権も、
国土の領有も、政務の繁雑も脱
天 ぎ捨てるつもりだ」。年老いた
王はそう引退を宣言し、3人の
娘に財産を分け与えようとするところ
が、思い望んだ安寧な老後生活はかなわ
ない。いつの世も、誰にとっても、老い
をいかに生きるかは難題のようだ。いっ
たい王は、どうすればよかったのだろう
か 「もしも、リア王にアドバイスする
ならば、やめろと肩をたたかれるまで、
やれ、ですね」。東京大学教授の小林武
彦さん(58)は笑顔で言った。老化の研究
が専門で『なぜヒトだけが老いるのか』
などの著書がある生物学者だそもそも
老後は、野生の動物にはない。老いは進
天声人語
化の過程で、生物としてのヒトが手にし
た特権だという。なるほど、どうしてで
しょう。「それはもう明らかに、若い世
代を支えるために、シニアの存在が重要
もちろん、誰もが
だったからですよ」
元気に活躍を続けられるわけではない。
病気もあるし、やりすぎれば 「老害」と
嫌われる。 でも、だからといって、隠居
を急ぐ必要はあるまい。できる範囲でい
い。仕事場で、近所で、家庭で、お年寄
が誰かのためになっている社会であっ
てこそ、若者たちも未来に希望を持てる
のでは、と小林さんは説く「いかに人
らしく生きるかは、老後をどう過ごすか
にかかっていると思います」。ヒトは
老いて、人になる、か。自らのこれか
らに思いを巡らせ、しばし腕を組む。
2023・9・13