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藤原成経は、平家を追討しようとたくらんでいた父に連座して、捕らえられるこ
とになった。
女房たち、いそぎ御所へ参り、このよしを奏せらる。「さればこそ、今
朝入道がつかひにはや心得つ。これらが内々はかりしことのあらはれぬる
すでに
にこそ。さるにても、成経これへ」と御気色ありければ、世はおそろしけ
れども、参られたり。法皇御覧じて、御涙にむせばせおはします。上より
仰せ出でらるるむねもなし。少将も涙にかきくれて、御前をまかり出づ。s
法皇、うしろをはるかに御覧じおくらせ給ひて、「ただ末の世こそ心憂け
れ」と、「これがかぎりにて、御覧ぜられぬこともやあらんずらん」とて、
御涙をながさせ給ふぞかたじけなき。少将、御所をまかり出でられけるに
院中の人々、少将のたもとをひかへ、袖をひき、涙をながさぬはなかりけ
少将は 男 の宰相のもとへ出でられたれば、北の方、近う産すべき人に
ておはしけるが、今朝よりこのなげきうちそへて、すでに命も消え入る心
地ぞせられける。