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古文 高校生

答えがなくて困っています。 このテキストの6-9、14-17、18-21の答えがあったり分かったりすれば教えて欲しいです。

17 下一段・下二段 150 50 堪へ (3) (1) 動詞 ③ 16 ①まう 文献にも このようなことは、 かうし 2 反復学習で確認 1 次の傍線部①~⑤の動詞について、それぞれの活用の行種類と活用 書きなさい。 (こよなくやつれてのみこそ詣づと知りたれ。 この上なく粗末な格好で参詣するものだと(私は)知っている。 (かかることは、文にも見えず、 ③ 格子など上ぐるに見いだしたれば、 2 3点×3 (2) 〔枕〕 3 次の傍線部①~⑧のうち、下二段活用の動詞を四つ選んで番号を書き、 かつ活用の行と活用形を書きなさい。 [徒然] 〔徒然〕 蓮を 1 家にはちすを植ゑて愛せし時の楽なり。 → 賞玩した時に作った楽曲である。 〔方丈〕 〔蜻蛉〕 (1) 人数を知らんとて、四五両月を数へたりければ、 数えたところ、 亡くなった人の数を知ろうとして、 [方丈〕 〔宇治拾遺〕 さいしゅう 音に聞きめでてまどふ。 上げるので、外を見いだしたところ、 すまひ 4蹴よといひつる相撲に 蹴れと いった かぐや姫のうわさを聞いて恋い慕い、心を乱す。 積もり 消ゆる様、罪障にたとへつべし。 〔竹取〕 (4) (3) (雪が積もったり消えたりする様は、きっと人の(犯す)罪障にたとえられるだろう。 (竹取) 綱を引きすぐして網絶ゆるすなはちに、 なくなった瞬間に、 引っ張りすぎて 番号 活用の行 活用形 番号 活用の行 活用形 ● ラ行下二段活用・連用形 行 活用 形 形 サ行 終止 形 行 形 ② 活用 行 3 活用 行 行 行 形 行 形 ④ 行 形⑤ 活用 形 34点×4 行 活用 2 次の〔内の動詞は下一段、または下二段活用動詞ですが、いずれも 終止形で示しています。 それぞれを適切に活用させて書きなさい。 例 下よりきざしつはるに〔堪らずして落つるなり。 5×5 活用の種類や行が紛れやすい OKKEN すい (第2 下二段活用の動詞 〔徒然〕 う こころう ところう ま ま ま 木の下(内部)から兆しが芽ぐんでくるのに堪えられないで(木の葉が) ア行―得・心得・所得(三語) ザ行(交雑)ず(一語) だいこくでん 1 大極殿に行きてこれを〔ける]。 〔古今著聞〕 かな ひい うれ 大極殿に これを ダ行出づ奏づ・秀づ ハ行与ふ・憂ふ・数ふC かな さ ( しばし〔奏づ〕て後、抜かんとするに、おほかた抜かれず。 〔徒然〕 ヤ行ー甘ゆ・覚ゆ・消ゆ・聞こゆ・越ゆ・冴ゆ・萌ゆ・見ゆ 演じた後で、(鼎を頭から)抜こうとすると、 全く かなえ う う (3) ③ [飢う]ず、寒からず、風雨にをかされずして、徒然 ワ行ー植う・飢(餓)う・据う(三語) 飢えることなく、寒くなく、 冒されることもなく、 tintetise( 3 文章問題で定着 50 50 ※ ●語注 どこでもよい、 しばらくの間 いづくにもあれ、しばし旅立ちたるこそ、目さむる心地すれ。そのわたり、ここかしこ見ありき、田舎びたる 目がさめるような(新鮮な)気持ちがする。そのあたり、 見てまわり、 見慣れないことばかりが 多い。 所、山里などは、いと目馴れぬことのみぞ多かる。都へ便り求めてやる。 「そのこと、かのこと、便宜に忘るな。 ふみ ※びんぎ つてを求めて (その手紙に 都合のよい時に忘れるな。」 などと言い送るのは おもしろい。 そのような旅先でこそ、 など言ひやるこそをかしけれ。さやうの所にてこそ、よろづに心づかひせらるれ。持てる調度まで、よきはよく、 何事につけても自然と心遣いがされるものだ。 持っている道具類まで、 芸能のできる人や容貌のよい 能ある人、かたちよき人も、常よりはをかしとこそ見ゆれ。 P 36 ° いつもよりは興趣深く 見えるものだ。 〔徒然草・一五〕 KG 問 次の語はすべて下二段活用の動詞です。 活用表を完成させなさい。 基本形語幹行 未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形 萌ゆ ※いづくにもあれ「あれ」はラ 変動詞の命令形。 命令形の許 容・放任の用法。 ※便宜─「べんぎ」ではなく「び んぎ」と読む。都合のよい時・よ い機会、便り・手紙などの意。 能ある人ここは、芸事の能 力がある人の意。 問二 二重傍線部①~⑤の動詞について、活用の行・種類と、文中での活 用形を答えなさい。 おと ①さむる ②目馴れ ③求め ④忘る ⑤見ゆれ ふ う 失す ひい 秀づ ⑤ ③ ① さだ 定む に 逃ぐ ( 46 問三 読む 右の文章における作者の主張が最も端的に表れた一文を抜き出 して、その最初の五字を書きなさい。 6点

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古文 高校生

(2)について質問です。 最後の詠嘆の助動詞は 〜であったなぁ または 〜であるなぁ どちらでもいいんですか? 回答は現在形で訳してました。

III 「そうふくじ たちばななんけい 次の文章は、江戸時代後期の人、橘南谿による『西遊記』の一節で、筑前の国にある崇福寺で聞いた話を書きとめたもので す。文中の「この国」は筑前国であり、文中に見える鐘の岬・織幡山・志賀・宗像などの地名も筑前のものです。これを読ん で、後の問い(問一〜問七)に答えなさい。なお、本文は一部改変したところがあります。 tový> おりはた うしとら (注1) この国の海中に鐘あり。 その所を鐘の岬といふ。 織幡山の艮の方、岸を離るること、わづかに五町ばかりの所にあり。 船 (注2) つきがね にてその所に至れば、よく見ゆるよし、里人いふ。これはむかし三韓より撞鐘を船に積みて渡せしに、竜神その鐘を望み、こ の海に至りて、波風にはかに起り、船くつがへりて、鐘はつひに海底に沈みぬ、三韓より渡りしてとはふるきことにゃ、万葉 集の歌にも、 (注4) (注3) しか すめかみ 千早振る鐘の岬を過ぐれども我は忘れず志賀の皇神 読人しらず と出でたり。また、新古今にも、 (注5) 白波の岩打つ音やひびくらん鐘の岬の暁の空 衣笠内大臣 (注6) また、家の集、 音にきく鐘の岬はつきもせずな ひびくわたりなりけり 俊頼 (注7) おほせ Slett) また、大名寄に、 聞きあかす鐘の岬のうき枕夢路も彼に幾夜へだてぬ など、諸集に見えて、むかしより竜宮の物とて人々おそれ、誰取りあげんとせし人も無かりしに、当君の先祖、黒田長政、こ の国の太守となりて、「この崇福寺を菩提寺に取り立て、いまだ程よき鐘もなければ、新たに造り鋳んよりは海中にある鐘こ そ名高き鐘なれば、引き上げてこの寺に寄附せん」とありしを、諸臣皆、「この鐘は竜神の惜しみ給ふと古来より申し伝へ候へ ば、今更引き上げ給はんもおそれ有り」と諫めしに、元来長政勇将なれば、聞き入れ給はずして、「我が用にて我が領内にあ る物を取るに、竜神とて惜しむやうやある。早くも海より引き上げよ」とて、数十艘の船を浮べ、鐘の竜頭に大綱をおびたた (注8) りゆうづ Yat Jist さう 税

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古文 高校生

芥川龍之介 羅生門 局所の指す言葉の意味は 「盗人を選ぶか、飢え死にするかということ」 だと伝わるんですけど、 本文でどこを指しているのか分かりません。 教えてください🙏

げにん らしょうもん ある日の暮方の事である。 一人の下人が、 羅生門の下で雨やみを待っていた。 にぬりは まるばしら きりぎりす 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。 ただ、 所々丹塗の剥げた、 大きな円柱に、 蟋蜂が一匹とまって いちめがさ もみえぼし すざくおおじ いる。 羅生門が、 朱雀大路にある以上は、この男のほかにも、 雨やみをする市女笠や採烏帽子が、 もう二三人はあ りそうなものである。 それが、 この男のほかには誰もいない。 つじかぜ わざわい らくちゅう はく たきぎ しろ こりす ぬすびと 何故かと云うと、 この二三年、京都には、地震とか辻風とか火事とか機饉とか云う災がつづいて起った。 そこ で洛中のさびれ方は一通りではない。 旧記によると、 仏像や仏具を打砕いて、その母がついたり、金銀の箔がつ いたりした木を、 路ばたにつみ重ねて、 薪の料に売っていたと云う事である。 洛中がその始末であるから、 羅生門 の修理などは、 元より誰も捨てて顧る者がなかった。 するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸が棲む。 盗人 が棲む。 とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、 棄てて行くと云う習慣さえ出来た。 そこで、日の目が見えなくなると、 誰でも気味を悪るがって、 この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまっ たのである。 からす ごま その代りまた鴉がどこからか、 たくさん集って来た。 昼間見ると、 その鴉が何羽となく輪を描いて、 高い鴟尾の まわりを啼きながら、 飛びまわっている。ことに門の上の空が、 夕焼けであかくなる時には、それが胡麻をまいた ようにはっきり見えた。 鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、 啄みに来るのである。 もっとも今日は、 刻限 ついば こくげん ふん あお が遅いせいか、一羽も見えない。 ただ、 所々、 崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、 鴉の糞が、 点々と白くこびりついているのが見える。 下人は七段ある石段の一番上の段に、 洗いざらした紺の襖の 尻を据えて、 右の頬に出来た、 大きな面皰を気にしながら、ぼんやり、 雨のふるのを眺めていた。 にきび すいび 作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」 と書いた。 しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う 当てはない。 ふだんなら、 勿論、 主人の家へ帰る可き筈である。 所がその主人からは、四五日前に暇を出された。 前にも書いたように、 当時京都の町は一通りならず衰微していた。 今この下人が、永年、使われていた主人から、 暇を出されたのも、 実はこの衰微の小さな余波にほかならない。 だから「下人が雨やみを待っていた」 と云うより も「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」 と云う方が、 適当である。 その上、 今日の 空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme に影響した。 申の刻下りからふり出した雨は、いまだ に上るけしきがない。 そこで、下人は、何をおいても差当り明日の暮しをどうにかしようとして――云わばどうに もならない事を、どうにかしようとして、 とりとめもない考えをたどりながら、 さっきから朱雀大路にふる雨の音 を、聞くともなく聞いていたのである。 さる こくさが 85 g 雨は、 羅生門をつつんで、 遠くから、 ざあっと云う音をあつめて来る。 夕闇は次第に空を低くして、 見上げる と、門の屋根が、 斜につき出した夢の先に、重たくうす暗い雲を支えている。 いらか いとま ついじ うえじに ていかい ほうちゃく どうにもならない事を、どうにかするためには、 手段を選んでいる遑はない。 選んでいれば、 築土の下か、道ば たの土の上で、 死をするばかりである。 そうして、この門の上へ持って来て、 犬のように棄てられてしまうばか りである。 選ばないとすれば――下人の考えは、 何度も同じ道を低徊した揚句に、 やっとこの局所へ逢着した。 しかしこの 「すれば」 は、いつまでたっても、 結局 「すれば」 であった。 下人は、手段を選ばないという事を肯定 しながらも、この 「すれば」 のかたをつけるために、 当然、 その後に来る可き 「盗人になるよりほかに仕方がな い」と云う事を、 積極的に肯定するだけの、 勇気が出ずにいたのである。 ぬすびと くさめ たいぎ ひおけ にぬり 「きりぎりす 下人は、大きな瞳をして、 それから、大儀そうに立上った。 夕冷えのする京都は、もう火桶が欲しいほどの寒さ である。 風は門の柱と柱との間を、 夕闇と共に遠慮なく、 吹きぬける。 丹塗の柱にとまっていた蟋蟀も、 もうど こかへ行ってしまった。 やまぶき かざみ あお うれえ おそれ 下人は、頸をちぢめながら、 山吹の汗疹に重ねた、 紺の襖の肩を高くして門のまわりを見まわした。 雨風の患の ない、 人目にかかる惧のない、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、 夜を明かそうと思ったから である。すると、幸い門の上の楼へ上る、幅の広い、 これも丹を塗った梯子が眼についた。 上なら、 人がいたにし ひじりづかたち さやばし はしご ても、どうせ死人ばかりである。 下人はそこで、腰にさげた聖柄の太刀が鞘走らないように気をつけながら、 わらぞうり 藁草履をはいた足を、 その梯子の一番下の段へふみかけた。 ようす うみ にさび それから、何分かの後である。 羅生門の楼の上へ出る、 幅の広い梯子の中段に、 一人の男が、 猫のように身をち ぢめて、 息を殺しながら、 上の容子を窺っていた。 楼の上からさす火の光が、かすかに、 その男の右の頬をぬらし ている。 短い髪の中に、赤く膿を持った面皰のある頬である。 下人は、 始めから、この上にいる者は、死人ばかり だと高を括っていた。 それが、 梯子を二三段上って見ると、上では誰か火をとぼして、 しかもその火をそこここと 動かしているらしい。 これは、その濁った、 黄いろい光が、隅々に蜘蛛の巣をかけた天井裏に、 揺れながら映った ので、すぐにそれと知れたのである。 この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているからは、 どうせただの 者ではない。 くも やもり 下人は、守宮のように足音をぬすんで、 やっと急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。 そうし たいら て体を出来るだけ、 平にしながら、 頸を出来るだけ、 前へ出して、恐る恐る、 楼の内を覗いて見た。 しがい 見ると、楼の内には、 噂に聞いた通り、幾つかの死骸が、 無造作に棄ててあるが、 火の光の及ぶ範囲が、 思った より狭いので、数は幾つともわからない。 ただ、 おぼろげながら、 知れるのは、その中に裸の死骸と、着物を着た 死骸とがあるという事である。 勿論、 中には女も男もまじっているらしい。 そうして、その死骸は皆、それが、か つて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、 土を捏ねて造った人形のように、口を開いたり手を延ばし たりして、ごろごろ床の上にころがっていた。 しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、 ぼんやりした火の 光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久に唖の如く黙っていた。 あ おし げにん ふらん おお 下人は、それらの死骸の腐爛した臭気に思わず、 鼻を掩った。 しかし、 その手は、 次の瞬間には、もう鼻を掩う 事を忘れていた。 ある強い感情が、 ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。 うずくま ひわだいろ や 下人の眼は、その時、 はじめてその死骸の中に蹲っている人間を見た。 檜皮色の着物を着た、 背の低い、痩せ

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古文 高校生

どこか間違っているとこがあれば教えてください💦

er gen とび [H Imaged. [写] (F. 1@[ A ・ [ Str. [ is. [ ] ] けむ 二次の傍線部の語の意味と活用形を答えよ。 [5点×16] はや、馬率て参りね。待ち給ふらむ。(堤中納言物語・はいずみ) 早く、馬を連れて帰参しておしまいなさい。 今ごろは (殿が帰りを待っていらっしゃるだろう。 1 2 恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は思ふ方より風や吹くらむ(源氏物語・須磨) 都恋しさに堪えかねて私が泣く声に似ている海辺の波の音は、私の恋しく思う都のほうから風が 吹くから(泣き声に似ているの)だろうか。 3 鴛鴦いとあはれなり。 かたみにゐかはりて、羽の上の霜払ふらむほどなど。(枕草子・鳥は) I おしどり 鴛鴦は本当に情が深い。雌雄が互いに場所を交替して、羽の上の霜を払うというところなど。 4人の思ふらむことをば、おし返しなつかしうもてなさせ給ふなり。(大鏡・道隆伝) 普通の人がそのように(冷淡に)思うようなことでも、逆に親しみ深い態度でお接しになるのだ。 5わななくわななく書きて取らせて、いかに思ふらむと、わびし。(枕草子・二月つごもりごろに) [ 訳(寒さにふるえふるえしながら(返事を)書いて(使いの者に)渡して、(相手が)今ごろは どのように評価しているだろうかと思うと、つらい。 6 これを思ふに、かの池にありけむ鳶は、まことの鳶にはあらじ。(今昔物語集・巻一六ノ一三) [ 訳これを考えてみると、あの池にいたという鳶は、本当の鳶ではないのだろう。 7 みな家の内出でそけむほどは、さこそはおぼえけめ。(枕草子・宮に初めて参りたるころ) TO みな家の中から(宮仕えに)出始めたようなころは、私と同じように感じただろう。

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古文 高校生

助動詞の見分け方を教えてください。

つわる説話を読み、登場人物たち 寺が大江山の歌の事) 教科書p しなさい。 平中が事 文法的説明に慣れよう 今は昔、平中とふ色好み、 さしも心に入らぬ女のもとにても、 泣か音をそら泣きをし、 涙に濡らさ 26 料に、親に水を入れて、 輪をつけて肘に掛けてしありき。 袖を濡らしげり、 出題の方を、のぞきて見れば、 木に物をさし置きけるを、 出でてち取り下ろして見れば、 瓶 また、紙に丁子入りたり。 瓶の水をいうてて、墨を濃くすり入れつ の物を取り集めて、丁手に入れ替で さてもとのやうに置き 例のことなれば、夕さりは出でぬ。 に帰り、心地 おしげにて、 を吐き たり・ 「紙の物のなり。」と、 は聞きしたり、 夜明けて見れば、袖に墨ゆゆしげにつきたり。 を見れば、顔も真黒に、目のみきらめきて、 我ながらいと恐ろしげなり。 を見れば、墨をすりて入れたり、 紙に皿の物入りだり、 いといとあさましく心憂くて、 そののちそら泣きの涙、 丁含むこと、とどめげるとぞ。 e (8) 今 ® 内が大江山の歌の (日) @ e 15. 古本説話集 @ してしられているが、該当する言葉 氏名 打消の助動詞「ず」の連体形 ②自の助動詞「る」の未然形 打消の助動詞「す」の 大人 ⑥ 婉曲の助動詞「む」の連体形 ⑥完了の助動詞「つ」の終止形 ⑥ 過去の助動詞「けり」の終止形 ⑥ 過去の助動詞「けり」の連体形 ◎断定の助動詞「なり」の終止形 ⑥存続の助動詞「たり」の終止形 ⑨ 完了の助動詞「つ」の終止形 ⑩ 完了の助動詞「つ」の終止形 ⑥完了の助動詞「つ」の発止形 断定の助動詞「なり」の已然形 @完了の助動詞「ぬ」の終止形 ⑩ ナリ活用形容動詞「あしげなり」の連用形 完了の助動詞「たり」の終止形 断定の助動詞「なり」の連体形「なる」の撥音便 の「なん」の「ん」の無表記化したもの。 +推量の助動詞「めり」の終止形 存続の助動詞「たり」の終止形 存続の助動詞「たり」の終止形 ●ナリ活用容動詞「恐ろしげなり」の終止形 ⑥歳の助動詞「たり」の終止形 ●存続の助動詞「たり」の終止形 ◎完了の助動詞「つ」の運用 1 HRNO 過去の助動詞「けり」の連体形 次から選びなさい。 イ 歌道に対する ア 当意即妙の知 ウにむ鋭い

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