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すが
ひから
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余は好意の干乾びた社会に存在する自分を甚だぎごちなく感じた。 人が自分に対して相応の義務を尽く
してくれるのは無論ありがたい。けれども義務とは仕事に忠実なる意味で、人間を相手に取った言葉でも
何でもない。従って義務の結果に浴する自分は、ありがたいと思いながらも、カンシャの念を起こしにく
い。それが好意となると、相手の所作が一挙一動悉く自分を目的にして働いてくるので、活物の自分にそ
の一挙一動が悉く応える。其所に互いを繋ぐ暖かい糸があって、器械的な世を頼もしく思わせる。
ことごと
いきもの
義務さえ素直には尽くしてくれる人のない世の中に、また自分の義務さえ碌に尽くしもしない世の中
ぜいたく
んな贅沢を並べるのは過分である。今の青年は、筆を執っても、口を開いても、身を動かしても、
悉く「自我の主張」を根本義にしている。それほど世の中は切り詰められたのである。
こうは解釈するようなものの、イゼンとして余は常に好意の干乾びた社会に存在する自分をぎごちなく
感じた。自分が人に向かってぎごちなく振る舞いつつあるにもかかわらず、自らをぎごちなく感じた。そ o
かか
こ
うして病に罹った。そうして病の重い間、このぎごちなさを何処へか忘れた。
かゆ
さじ
すずめ
からす
看護婦は粥を鯛味噌と混ぜ合わして、一匙ずつ自分の口に運んでくれた。余は雀の子か鳥の子のような
殆ど五日目位ごとに、余のために食事の献立表を作った。
ほとん
えら
ある時は三通りも四通りも作って、一番病人に好さそうなものを撰んで、あとはそれぎり反故にした。
医師は職業である。看護婦も職業である。礼も取れば、報酬も受ける。ただで世話をしていない事は勿1
ろん
もっ
論である。彼らを以て、単に金銭を得るが故に、その義務に忠実なるのみと解釈すれば、まことに器械的
で、実も蓋もない話である。けれども彼らの義務の中に、半分の好意を溶き込んで、それを病人の眼から
透かして見たら、彼らの所作がどれほど尊くなるか分からない。病人は彼らのもたらす一点の好意によっ
て、急に生きて来るからである。余は当時そう解釈して独りで嬉しかった。
子供と違って大人は、なまじい一つの物を十筋二十筋の文から出来たように見窮める力があるから、生。
活の基礎となるべき純潔な感情を恋に吸収する場合が極めて少ない。本当に嬉しかった、本当にありがた
かった、本当に尊かったと、生涯に何度思えるか、カンジョウすればいくばくもない。たとい純潔でなくても、
自分に活力を添えた当時のこの感情を、余はそのまま長く余の心臓の真中に保存したいと願っている。
そしてこの感情が遠からず単に一片の記憶と変化してしまいそうなのを切に恐れている。 ―好意の干乾
びた社会に存在する自分を甚だぎごちなく感ずるからである。
い
*
DSQUY CU
心持ちがした。医師になるに連れて、
ろく
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3-2-1
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