あくたがわりゅうのすけ
芥川龍之介が小学生のころ、先生が教室で「美しいもの」の例を挙げなさいと言った
とき、少年龍之介が「雲」 と答えて先生に叱られたという話を、以前どこかで読んだこと
がある。ほかの子供たちは、「花」とか、「富士山」 とか答えたのに、龍之介が「雲」と言っ 1
たので、教室中が失笑し、 先生は、雲が美しいものだなどというのはおかしいと叱ったの
である。このエピソードは、龍之介が子供のころからいかに鋭敏な感受性の持ち主であっ
たかということを示すものとして、しばしば引き合いに出されるが、それと同時に、先生
のほうが――それと他の生徒たちも――「美しさ」というものを「花」や「富士山」の中
に内在しているある種の性質と考えていたことをも裏付けている。つまり、ラジウムやウ 1
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ラニウムには放射能があるが、その辺の道端の石っころには放射能がないというのと同じ
で、龍之介がたまたま、「美しさ」という放射能をもったものとして「雲」と言ったので、
皆笑い出したのである。
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