近代化政策を進めるうえで, 財政の安定は重要な課題であ
さくがら
った。新政府の主要な財源は,旧幕府時代のまま受け継い
だ年貢で,旧各藩ごとに税額が異なり,米の作柄によって年々変動した。ま
た,新政府は廃藩によって諸藩の債務を引き継いだので財政は苦しく、廃藩
を機会に債務の一部を切り捨てる一方,財源の安定をめざして,土地制度
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税制の改革をおこなう必要があった。
地租改正
でんぱたかってづく
その第一歩として,1871(明治4)年に田畑勝手作りを許可し,翌年には田
ちけん
畑永代売買の禁止令を解き, 地券を発行して土地の所有権をはっきり認めた。
(→ p.189)
地券は原則として従来の年貢負担者(地主・自作農) に交付され、年貢を受け
ちぎょうけん
ほうけんてき
とる知行権を内容とする封建的領有制は解体した。 この地券制度をもとに, "
ちそかいせいじょうれい
1873(明治6)年7月, 地租改正条例を公布して地租改正に着手し, 1881(明
治14) 年までにほぼ完了した。 地租改正の要点は, (1) 課税の基準を、不安定