理に機会をこしらえて、わざとらしく話を持ち出すよりは、
自然の与えてくれるものを取り逃がさないようにするほう
がよかろうと思って、例の問題にはしばらく手を着けずに
そっとしておくことにしました。
たかびく
こう言ってしまえば大変簡単に聞こえますが、そうした
心の経過には、潮の満ち干と同じように、いろいろの高低
があったのです。 私はKの動かない様子を見て、それにさ
まざまの意味を付け加えました。奥さんとお嬢さんの言語
動作を観察して、二人の心が果たしてそこに現れていると
おりなのだろうかと疑ってもみました。そうして人間の胸
の中に装置された複雑な器械が、時計の針のように、明瞭
に偽りなく、盤上の数字を指しうるものだろうかと考えま
した。 要するに私は同じことをこうもとり、ああもとりし
たあげく、ようやくここに落ち着いたものと思ってくださ
い。 更に難しく言えば、落ち着くなどという言葉は、この
際決して使われた義理でなかったのかもしれません。
そのうち学校がまた始まりました。私たちは時間の同じ
日には連れ立ってうちを出ます。都合がよければ帰る時に
どきどきしてるのを
かくやるか
〃
●小説 2
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もやはりいっしょに帰りました。外部から見たKと私は、
なんにも前と違ったところがないように親しくなったので
す。けれども腹の中では、てんでんにてんでんのことを勝
手に考えていたにちがいありません。ある日私は突然往来
にほどこで
でKに肉薄しました。私が第一にきいたのは、この間の自
白が私だけに限られているか、または奥さんやお嬢さんに
も通じているかの点にあったのです。私のこれからとるべ
き態度は、この問いに対する彼の答えしだいで決めなけれ
ばならないと、私は思ったのです。すると彼はほかの人に
はまだ誰にも打ち明けていないと明言しました。私は事情 0
が自分の推察どおりだったので、内心うれしがりました。
私はKの私より横着なのをよく知っていました。 彼の度胸
にもかなわないという自覚があったのです。けれども一方
ではまた妙に彼を信じていました。学資のことで養家を三
年も欺いていた彼ですけれども、彼の信用は私に対して少
がためにか
しも損なわれていなかったのです。
えって彼を信じだしたくらいです。
私でも、明白な彼の答えを渡り
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