F 1
夏は少年にとって大きな脱皮の季節なのだろう。ひと夏を過ぎると、 少年はまた
一つ変わっていくのだ。
七月に夏のシベリア横断の旅から帰ってきたあたりで、岳が急に大人びてきてい
るのに気がついた。既に声変わりし、顔つきになんとはなしの「男の意志」のよ」
うなものが表れてきた。一年前の夏、三宅島で釣りをした時に見た無邪気なあどけ
なさ、といったものはもうあまり見られなくなっていた。
私が今までずっと風呂場で刈っていたしろうと床屋を嫌がるようになったのは、
そのシベリアの旅から帰ってすぐの頃だった。ぼさぼさに伸びた頭を見て、私は
いつものように「そろそろ頭刈ろうか。」と気軽な感じで言ったのだ。
すると岳は「まだいいよ。」と、私の顔を見ずに言った。