『古本説話集』巻下 貧女蒙観音加護事第四十八
古文原文十四
今は昔、身いとわろくて過ごす女ありけり。時々くる男、来たりけるに、
雨に降りこめられてゐたるに、いかにして物を食はせむと思ひ嘆けど、す
べきかたもなし。日も暮れがたになりぬ。 いとほしくいみじくて、わがた
のみたてまつる観音助けたまへと思ふほどに、わが親ありし世に使はれし
ずさ
はかま
女従者、いと清げなる食ひ物をもて来たり。うれしくて、喜びに取らすべ
きもののなかりければ、ささやかなる紅き袴を持ちたりけるを取らせて
けり。我も食ひ、人にもよくよく食はせて寝にけり。暁に男はいでて住ぬ。
つとめて、持仏堂にて、観音持ちたてまつりたりけるを、見たてまつらむ
ことばり
かたびら
とて、帳 たてすゑまゐらせたりけるを、帷子引きあけて見まゐらす。
この女に取らせし小袴、仏御肩にうち掛けておはしますに、いとあさまし、
きのふ取らせし袴なり。 あはれにあさましく、覚えなくてもて来たりしも
のは、この仏の御しわざなりけり。