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国語 中学生

模範解答がないので解答、解説を教えていただきたいです。お願いします🙇🏻‍♀️💦

次の文章を読んで、あとの (一) から (六)までの問いに答えなさい。 (文字数の指定がある場合は、句読点も字に数える) 昔、人々は自分の住んでいる地域内でいっさいの暮らしを立て、村ざかいや 国ざかいを越えて、よその地域に出かけることはなく、 それぞれの地 域でそれぞれの地域特有の言葉 が形成されていきました。 ところが、明治維新になって、東京に明治政府ができ、 日本語を統一しよう として、東京の言葉を標準語として、徹底した共通語の普及を強引に行ったこ とはよく知られています。 戦後、爆発的に膨張したマスコミュニケー ション、なかんずく放送ジャーナリズムが、その普及に大きく加担しました。 そうしたことのために、一方では、日本中どこへ行っても言葉が通じなくて困 るというようなことはなくなりました。 C 一方では、方言の中の、たく さんの美しい言葉、 微妙な感情を伝える言い方、 力強い表現、 ゆかしい言い回 などを死滅させ、今もさせつつあります。 ヨーロッパでは、中世封建制が崩れ、近代国家が作り上げられていく過程で、 各地の言葉が混ざり合い、 溶け合い、それに芸術家や学者が磨きをかけて、長 い時間をかけて、それぞれの国語が熟成していきました。 日本では、その熟成期間が飛ばされてしまったのだといえるでしょう。 学校で、標準語の普及を図る手段として、方言を口にしたら罰として背中や 胸に「方言札」と書かれた木の札を掛けるということまで行われました。 沖縄県平良市の大神島では、戦後もこの方言札が、 小・中学生だけでなく、そ の父兄たちにまで用いられたそうです。 こうした、無理強いの、ゆがんだ経過を経て流通している、いわゆる標準語 は、まだまだインスタントの人工語で、たいそうやせており、方言の側から輸 三次の(一) から (四)までの傍線部について、漢字はその読みをひらがなで 書き、 カタカナは漢字で書きなさい。 会社で事務用品をコウニュウする。 手紙からは故人の人柄がうかがえる。 日程の都合で旅行をアキラめた。 (四) 肉体と併せて精神の強さが必要だ。 e. (1) (11) (111) > 血しないと、ますます貧血の度が進むというのが、わたしの認識です。 日本の近代化の陰で、標準語という名の消しゴムに消された方言の中から、 輸血するに値する濃度を持った言葉を探し出すことは、地上から消えていくわ らぶき屋根を惜しむといったふうの感謝を超えた、日本語の現場の問題なのだ とわたしは思っています。 すい それにしても、方言は日々幾何級数的なといえるほどの速度で衰微しつつあ ります。 消えてしまったら、それでもう終わりです。 世の中の変化とともに、言葉も変わっていくのだから、方言が消えていくの も、自然な推移だ、という論旨があります。 言葉とはそういうものだと、わた @ しもそれに基本的には賛成です。 しかし、同じ一つ屋根の下に住む家族で、おじいさん、おばあさんのしゃべ る言葉が、孫にはもうよく理解できない、それほどの状態を生むような時代の せっかちな流れ方に、その速さに、このまま身を任せてていいのだろうか、と 思うのです。 捨てなくていいものまで、わたしたちは、捨てつつあるのではないか、と危惧 します。 共通語自身、例えばニホンカニッポンか、日本の国の名さえどっちつ かずであるほど、まだ Ⅱ しているのです。 いい換えれば、日本にはまだ真 の意味での共通語はでき上っていません。 そんなとき、日本の各地で、遠い昔 からの人々の生活と結び付いて息づいてきた方言を顧みることなく、点検 もせず、あっさり捨て去っていいはずがありません。 (川崎洋 『感じる日本語』による) 四 次の(1) から (三)の問いに答えなさい。 次の文の傍線部に対する主語を、 あとのアからエまでの中から一つ選ん で、そのかな符号を書きなさい。 ① 私は母が食べたいと言っていたお菓子を兄が食べていたのを見た。 ア 私は イ 母が お菓子を エ兄が ② 彼がコーヒーを飲んでいたので、私も同じものを注文した。 ア 彼が コーヒーを ウ 私も 同じものを 次の文の傍線部が修飾する文節を書きなさい。 ① 屋上で父が兄から 将来の話を聞いていた。 ②昨日山で食べたカップラーメンはとても美味しかった。 次の傍線部を文脈に合った正しい敬語に直し、書きなさい。 ① 昨日の朝、娘が塾に行くと、学校の先生がいたそうだ。 ② 小学生の妹は校長先生からもらった賞状を家に飾っていた。 (1) (11) (111) wintere

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1枚目(左)の文章を読んで 2枚目の(右)の問の答えを解いて 答えを教えてください!! 私立の一般入試の問題です。 答えが配られてないのでわかる方教えてください😭

次の文章を読んで、あとの (1) から (六)までの問いに答えなさい。 (文字数の指定がある場合は、句読点も一字に数える) 昔、人々は自分の住んでいる地域内でいっさいの暮らしを立て、村ざかいや それぞれの地 国ざかいを越えて、よその地域に出かけることはなく、 域でそれぞれの地域特有の言葉Ⅰが形成されていきました。 ところが、明治維新になって、東京に明治政府ができ、日本語を統一しよう として、東京の言葉を標準語として、徹底した共通語の普及を強引に行ったこ 戦後、爆発的に膨張したマス・コミュニケー とはよく知られています。 ション、なかんずく放送ジャーナリズムが、その普及に大きく加担しました。 そうしたことのために、一方では、日本中どこへ行っても言葉が通じなくて困 一方では、方言の中の、たく るというようなことはなくなりました。 さんの美しい言葉、 微妙な感情を伝える言い方、力強い表現、 ゆかしい言い回 などを死滅させ、今もさせつつあります。 C ヨーロッパでは、中世封建制が崩れ、近代国家が作り上げられていく過程で、 各地の言葉が混ざり合い、溶け合い、それに芸術家や学者が磨きをかけて、長 い時間をかけて、それぞれの国語が熟成していきました。 日本では、その熟成期間が飛ばされてしまったのだといえるでしょう。 学校で、標準語の普及を図る手段として、方言を口にしたら罰として背中や 胸に「方言札」と書かれた木の札を掛けるということまで行われました。 沖縄県平良市の大神島では、戦後もこの方言札が、小・中学生だけでなく、そ の父兄たちにまで用いられたそうです。 こうした、無理強いの、ゆがんだ経過を経て流通している、いわゆる標準語 は、まだまだインスタントの人工語で、たいそうやせており、 方言の側から輸 1 血しないと、ますます貧血の度が進むというのが、わたしの認識です。 日本の近代化の陰で、標準語という名の消しゴムに消された方言の中から、 輸血するに値する濃度を持った言葉を探し出すことは、地上から消えていくわ らぶき屋根を惜しむといったふうの感傷を超えた、日本語の現場の問題なのだ とわたしは思っています。 ききゅうす それにしても、方言は日々幾何級数的なといえるほどの速度で衰微しつつあ ります。消えてしまったら、それでもう終わりです。 ろんし 世の中の変化とともに、言葉も変わっていくのだから、方言が消えていくの も、自然な推移だ、という論旨があります。言葉とはそういうものだと、わた しもそれに基本的には賛成です。 しかし、同じ一つ屋根の下に住む家族で、おじいさん、おばあさんのしゃべ る言葉が、孫にはもうよく理解できない、それほどの状態を生むような時代の せっかちな流れ方に、その速さに、このまま身を任せてていいのだろうか、と 思うのです。 捨てなくていいものまで、わたしたちは、捨てつつあるのではないか、と危惧 します。共通語自身、例えばニホンかニッポンか、日本の国の名さえどっちつ かずであるほど、まだ しているのです。いい換えれば、日本にはまだ真 の意味での共通語はでき上っていません。そんなとき、日本の各地で、遠い昔 からの人々の生活と結び付いて息づいてきた方言を顧みることなく、点検 もせず、あっさり捨て去っていいはずがありません。 (川崎洋『感じる日本語』による)

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中2の文章問題です。 誰か答えを教えて下さい!(2)〜(6)

第1章 説明的文章国 12 のがいちばん経済的てあることは、すぐにわかるであろう。 第一に、自分がなにを信じている(いない)のか、それがきわめてわか 必要がない。第一三に、仮になにかを信じたときに起こりうる、「だまされ 8 た」という問題を避けることがてきる。信じなきゃ、だまされない。 宗教について尋ねられると、日本人はしばしば自分は「無宗教」だと述 べる。相手が外国人でもなければ、ふだんそんなことを訊かれることはな い。それを訊かれて、あらためて考えてみると、 「ハテ、俺の宗旨旨はなんだったっけ」 基本問題, りやすい。第二に、どういう教義内容を信じたらいいのか、それを考える 想 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 、なぜ日本人は「自分には思想はない」と思いたがるのか。 一つには、それが謙虚な態度に見えるからてあろう。世間て生きていく には、謙虚に見えることは、処世術として大切なことである。 「思想なんて、そんなむずかしいもの、私に処理できるはずがないじゃな いてすか。そんな高級なソフトは、私の脳に入っていません」 ということになる。そこでいわば正直に答えようとすると、つい、 「無宗教です」 人によっては、そんなことをいう。 もう一つは、「自分に思想はない」と思ったときから、それ以上、思想 について考える必要がなくなるからてあろう。考えるというのは億劫なも のて、それこそあれこれ考えるくらいなら、「やってしまったほうが早い」。 それだけてはない。論理的にも、「自分には思想がない」という思想は、e もっとも経済的な思想である。なぜなら、そう思ったときには、他の思想 と答えることになる。すると、相手は仰天したりするのである。これだけ まじめそうで、悪いことなんてとうていやリそうもない人が、なんてアン チ·クリストなんだろう。アメリカのファンダメンタリストでなくても、 ふつうのキリスト教の常識人なら、そう思うに違いない。外国の「無宗教」 とは、確信犯としての無宗教、「思想としての無宗教」だからである。 そういうわけて、日本人はたいてい無宗教、無思想、無哲学だと主張す る。それが日本の宗教、日本の思想、日本の哲学てある。私はそう思う。 すてに述べてきたように、これはなかなか合理的な考え方である。宗教、 思想、哲学といった類のものを無理して持たなければ、とくに考える必要 も、具合の悪いところをあえて訂正する必要もない。必要ならなにかの思 想を借りておけばいい。その借り物がとことん具合が悪くなったら、「取 り替えれば済む」。それが明治維新であり、戦後ではないか。 についても、自分の思想についても、もはやその内容を考える必要がなく なるからてある。「ない」ものについて、考えることはてきないてはないか。 日本の場合、信仰もこれと同じてある。世界にはさまざまな宗教がある。 しかしほとんどの日本人は特定の宗教の信者ではない。なぜかというと、s 「困ったときの神頼み」て、都合によりどの神仏を信じてもいいからてあ る。ということは、要するにどれも信じていないから、ということもてき る。具体的にいうなら、「特定の宗教を信じない」という態度を採用する。 そういう態度をとれば、どの宗教にも深人りしないて済む。「なにかを信 じる」なら、 Tなにも信じないことを信じる」 (注) ファンダメンタリスト= 聖書の記述を固く信じている人。 《養老子孟司「無思想の発見」より) 理由> 線の「なぜ日本人は「自分には思想は、 るのか。」と土

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この問題の解き方と答えを教えてください🙏

回伯わぐ篤細うだRG下人天迷属し SG型っ科0 で WW CTO図棒寺臣4ンゼン 北家間宮人 つ_」N臣てOS” 開国選 同同賠 記Wし6要ら表つヨ応答G店赤 込とへさりめ記角 = ー =ににト S | ー|の9 oNン拓レク6ヨ「東病rNTNATNュやつゼ。 記ほ回回回回 で 由上トさ Nトを衣画G緊定信y札さっうろ 四 回 悦 kd 識 剛 ントでンマで。 間本ロN26 『衝放季YS翌 区|加|回回|ら TEを」「宙4雪郊」「 AHW民・二記」尽守” Sp臣つン 朋 員 = の ーンで時電NTNA TDN シル『辻氏秩」選て 旨| | 加 ーー ミ| てGSGNT へさG共せGw詞やレラやく* SINI 思 ン 一|ょ|代 」 SDG攻せ"北つスてペーNSTSNOSやつSsく7 籠|和| 半 中 財 に Sg 「Nトートさ四剖 せ 加BIG半下っヤン* 年| |皇|重則|交 台提やレント( 代爾志DTfCでCpつNO人SSーsや"リリつ共和SS三間sでし っ26せツレゃ所9しヤ* 図和株3 でSPPでへ) ⑨ NESP でせ村 @N8GG選H氷つじっ民っ配っfes ご し-G AG税りつ掴玉MDG 人 | 昧6代っ" ee ( ) ト |公民D尼応訟で2:Q人 。 Y ASS私へきG六丸福くじっいで |円導V@っ失守会 。 日 MGンペろ投穫伴所全やおじる9太 ORRUGNKNRNDVRRD3*」G還和央つ払村つ6 おき ドジ 人| Kat6ロ7 人)G客所レン宙知っ」 さこニロSan 局G窒下りつい畑選じきっJpG・ ] き 語 bg い利和 本)FS BeWm才sr [A+ AS」 る組や乱っ NH ( ) ペ多し条ww soっくら

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