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即自的とはどういう意味ですか?

回答

✨ ベストアンサー ✨

_『それがあるところのものであり、あらぬところのものではあらぬような存在』、ジャン=ポール・サルトル、『存在と無 現象学的存在論の試み』、ちくま学芸文庫、より抜粋。

_ヘーゲルにより提唱された、哲学的概念で、「対自的」の対義語。

_ここから先は、ぺんぎん の理解又は、誤解です。
_ざっくり、無生物存在、(思考がないと思われている、)原始的生物が即自的、であり、(人間を始めとする、思考があると思われている、)高等生物が対自的、です。
_詰まり、「われ思う。故にわれあり。」と、言うように、ヒトは、自分と言う存在を自分で評価して概念として持っています。しかも、他人がその人に対して評価している概念とも違います。

_別の言い方をしましょう。どっかの、身体は子供、頭脳は大人な、探偵が、「真実はいつも一つ。」と言いますが、これは間違いです。「事実(FACT)は一つですが、真実(TRUETH)は、観測者の数だけある。」byぺんぎん、なのです。
_ですから、戦争は無くならないのです。
_天体が、「太陽の周りを廻っている。」と、言う事実(らしきもの)があります。誰も、これを、太陽系外から、公転周期以上の期間を俯瞰的な規模で観測した人はいません。
_惑星の運動と言う、部分的な観測等で、一番矛盾の少ない仮説を組み立てて、地動説を組み立てたのです。ですから、地動説がではじめてから、何百年も認められなかったのです。詰まり、真実は、人に依って、地動説であり、人に依って、天動説である、のです。

_人に依って違いが生じるものが、対自的であり、見て分かる(と思われている)正常な人ならば、認識が変わらないものが即自的です。詰まり、即、自明なもの、と言うことです。

tkhsre

なるほど。即自的は、どんな生物から見てもこれはこうなるしかないだろと自明だとすぐ分かる事物であり、対自的とは、生物それぞれの違った価値観か考え方によって認識に違いが生じるような事物のことを言うのですか?

ぺんぎん

_ぺんぎん の解釈的には、大体そうです。どんな生物、というか、自我のある生物。哲学の主流的な考え、或いは、キリスト教的教義に依れば、ヒトだけ。ぺんぎん 的には、魚程度でも、自我はあるのではないか、と、疑っているけれども。
_教科書的な回答は、『それがあるところのものであり、あらぬところのものではあらぬような存在』。これは、変わらない。提唱して定義した人達が言っているのだから、数学・物理の様に、数式変形で導かれるものではなく、法律と同じで、決めた者勝ち。

tkhsre

だと、そう定義した人にしか本当の意味は分からないのですね。

ぺんぎん

_当面の期間はそうです。
_それで、後から色んな人が、これは修正した方が良い、とか、こういう意味であるし、こういう意図なのだろう、とか、方向性が出れば、変わって行く。
_決めで決まって行く事は、部分的に宗教の様なものだし、言葉だって、時代に依って意味が変わって行く。
_ほんの20年前までは、真逆と言う言葉は無かったし、誤用であった。正反対という言葉が正しかった。誤用であることから、人の印象に残るので、ある作家または、ある芸人が、(どちらが先かは分かりません。その2人より前に使って、広めようとした人もいたのかも知れません。)故意に誤用して使い始めて広まったのです。
_言葉は、時代を経るに従って、本来の意味を変えて行きます。
_本当の意味、と言うものは有りません。本来の意味、元来の意味、が、あるだけです。

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