Japanese history
มัธยมปลาย
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こちらは山川の教科書の記述ですが、最初の一文についての質問です。全ての武士が開発領主の系譜を引いていたのですか?他のページに中、下級貴族からの武士もいるみたいなことが書いてありました。しかし、そういう武士もきっと館があったと思うので、特にルーツのことはそんなに考えなくても大丈夫ですか?

かいはつりょうしゅ この頃までの武士は開発領主の系譜を引き、先祖 武士の生活 以来の地に住み着いて、 所領を拡大してきた。 彼ら やかた は、河川の近くの微高地を選んで館をかまえ、周囲には堀・溝や (たち) ねんぐ くじ 塀をめぐらした。館の周辺部には、年貢や公事のかからない直営地の 5 を設け、下人と呼ばれる従者や所領内の農民を使って耕作させた。さ げ にん らに荒野の開発を進め、みずからは地頭など現地の管理者として、農 こくが 民から年貢を徴収して国衙や荘園領主におさめ、定められた収入とし かちょうまい て加徴米などを得ていた。

คำตอบ

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前九年合戦で活躍した源頼義は、清和天皇の血を引く源氏の棟梁ですよね。皇族から臣籍降下して「源」を与えられて、貴族になります。ですから源頼義のような武家の棟梁は貴族です。源頼朝も右近衛大将という摂関家に準ずる家格を持つ貴族です。それに対して北条氏は「伊豆の在庁官人出身」とありますよね。在庁官人は開発領主の系譜を引く役職です。北条氏は平直方を始祖と自称しているから、そこまで辿れば貴族と言えるでしょうが、京都を捨てて伊豆に土着し、そこを本拠とするようになると貴族ではなくなります。

さきち

ありがとうございます🙇🏻🙇🏻‍♂️🙇🏻‍♀️

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