古典
はしたなきこと「多かれど」の多かれが
ク活用のなぜ已然形なのですか?
ど の上の語句なのでたしかに已然形と判断出来ますが
ク活用の活用って、
から かり ○ かる ○ かれ ですよね。
なら命令形にもなるのでは?と思ってしまいました。
回答
回答
今更ながら、失礼します。
いざ投下しようとしたら、すでに回答されている方がおられて、解決なされたようですね。
完全に自己満足なのですが、お暇でしたらこいつのも読んでやってください。
以下が私の回答です。()の補足は読み飛ばしていただいて結構です。
『多かれ』はカリ活用の已然形です。質問者さんの疑問通り、きわめて例外的な形です。
理由1(活用形を考える際の基本)
逆接の接続助詞「ど」が接続しているからです。文末でもないし、「と」などの接続もないので、命令形ではありません。
已然形+ど
→「〜だけれども」「〜だが」
(多かれど→多いけれども、多いが)
接続助詞「ば」「ど」「ども」などが後ろにある場合や、係助詞「こそ」の結びとなる場合、已然形と捉えるのが妥当です。
「多かれ。」とか「多かれとて」とかなら、命令形でしょうね。今回は違います。
(ちなみに、現代語で消滅していることからもわかりますが、古文でも形容詞の命令形の例は限られています。「多くせよ」とか言う方が普通です。
また、そもそも形容詞の命令形とは、理由2で説明しているように「形容詞+あれ(ありの命令形)」で作られています。
せっかくなので、ぜひ「古文 形容詞 命令形」でググってください)
理由2(今回の場合について)
形容詞「多し」は、助動詞が接続しなくてもカリ活用の場合があります。
成立経緯は「多く+あり」→「多かり」
「はかばかしきこと多かれど」は「はかばかしきこと多くあれど」でも同じ意味って感じですよね。
カリ活用は一般的に、終止形と已然形が○とされていますが、例外的に存在するものもあります。それが『多かり』や『多かれ』です。
(教科書や試験で取り上げられる際は、この二つくらいですので、ご安心を。
たしか和文体だと、この形が見られる傾向にあります。たぶん、質問者さんの例文って『源氏物語』の桐壺ですよね? あとよく言われてるのだと『土佐日記』や『方丈記』です。出典がどれも和文体って感じですよね。漢文の引用箇所とかじゃなければ、基本は。
詳しくは、ぜひ「多かれど」でググってください。多かれ少なかれ、この疑問を抱いた学生が一定数いたとわかります)
なお、もちろん「多けれ」という言い方も存在します。あえてややこしく言えば、已然形が二種類あるわけですね。とりあえず『多かれ』は特殊バージョンだと思っとけば大丈夫です。
以上より、文法説明をするなら、
(本活用としては)ク活用形容詞「多し」の(補助活用=カリ活用の)已然形(の例外的使用)
という解答になるでしょう。
わざわざ長文でありがとうございます!
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前はカリ活用というのがありましたが、今はマイナーなようです。