回答

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任せろ!!(*•̀ㅂ•́)و✧

日本は江戸時代、3代将軍家光の代から鎖国を初め、海外との交流を避けてきました。
(オランダや明とはずっと貿易が続きましたが)
なので、江戸時代終盤になると日本と貿易を求めたり、他の国との貿易の拠点とするために外国船が増えてくるのです。

ロシアのラクスマンが北海道の根室に来航し、通商を求めると、幕府は長崎で回答する、と返事をします。

そして長崎にロシアのレザノフが訪れた際に、わざわざ長崎に来るように求めたのに幕府が通商を断ったので、幕府はロシアが攻めてくるかも……?とロシアを警戒し始め、北海道(蝦夷地)やその北にある樺太を探索したのです。

𝐡𝐚𝐧𝐚.~*

うわめちゃ分かりやすいです滝涙
ありがとうございました(;;)

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