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中学校レベルではいきなり平氏と源氏が武士としてぽっと出現するので訳がわからなくなると思いますので少し長くなりますが説明します。
まず当時の武士=農民です。とは言ってもただの農民ではなく、地方でそこそこな土地を持っている有力農民です。律令制的土地制度は誕生してから僅か数百年で崩壊の一途を辿ることになります。口分田も支給が徐々に行われなくなり、墾田永年私財法で個人の土地所有も可能になります。その過程である程度広い土地を持った農民は国司から広い土地の開墾を任されるようになります。そうして更に力を持った農民は自らの使役する労働力を使って、自らの土地を切り開いていくことになるわけです。こうした連中達を
「開発領主」と言います。そして開発領主の連中達は自らの土地を武力で奪いにくる別の開発領主(武士)などから自衛する必要も出てくるわけです。そうして自衛の為や戦いのために武装した農民が武士となるわけです。そして付近でも更に有力な武士と主従関係を結び、有事には武力を貸し与える代わりに、自らの土地を安堵してもらうことになるわけです。この主従関係のトップの氏族が天皇の血を継いでいる源氏と平氏の連中達と言うわけです。①
ここまで長く説明しましたが、では何故武士が貴族に寄進したのかを答えていきます。
先程、律令制的土地制度はすぐに崩壊したと言いました。その崩壊の過程で中央政府は戸籍などを付けるのもやめてしまい、税金さえ入って来ればいいやと考え始めます。そして国司に一定の額の税金を納めさせることを義務づけるようになります。国司の徴税請負人化が進むわけです。
国司職はこうした背景から”おいしい”職業になります。何故なら一定の額の税金を納めさえすれば、余った分は自分の懐に入れても良いことになるからです。
(例:1億円の税金を納めるように言われている国司が、頑張って3億円を税金として農民達から徴収した場合、2億円は懐に入れてもOK)②
そして時代は平安時代の全盛期。藤原道長や頼道などの藤原摂関家が猛威を奮っている世の中です。藤原氏以外の貴族は朝廷の要職に就くこともできず、都で2流、3流の貴族として燻っている状態です。そんな中、国司職はおいしいと分かれば二流、三流貴族達は揃って国司になりたがるようになります。都の権力者、藤原道長や頼道と言った連中にご奉公をして、胡麻を擦って、国司にしてもらうことになります。③
そしてようやく国司になった貴族達は地方でがっぽり税金を徴収する事になるわけですが、これに農民達は不満を持つのは当然です。①で述べた開発領主達は、折角頑張って開墾した土地にも国司が検田使を派遣して税を払うよう要求してくるのです。そして開発領主達は考えます。うざったい国司の首根っこを掴んで、自分達の土地には税を取らないように出来る人物は誰かと。そして③で述べたように国司は元々都で燻っていた二流、三流の貴族で、藤原道長や頼道などの権力者に胡麻スリをして国司になったわけです。こうした権力者には国司は逆らえないと踏んで、開発領主は権力者に自らの土地を寄進して、名目上の保有者になってもらうわけです。そして国司が税を取りにやってきたら、「この土地は都の〇〇って人物の土地だぞ!」と脅すことができ、それにより、不輸、不入の権を得ることになります。④
①②③④をまとめると
『武士=農民(開発領主)は国司の徴税を免れるために都の権力者や大寺院などに土地を寄進して、不輸、不入の権などを得るため』
と言ったところでしょうか。長くなりましたがこんな感じです。
なるほど🤔詳しい説明ありがとうございました✨!!