質問
大学生・専門学校生・社会人

古文 徒然草の文章で、敬語の使われ方についての質問です。

資季大納言入道とかや聞えける人、具氏(ともうぢの)宰相(さいしょう)中将(ちゅうじょう)に逢ひて、「わぬしの問はれんほどのこと、何事なりとも答へ申さざらんや」と言はれければ、具氏、「いかが侍らん」と申されけるを、「さらばあらがひ給へ」と言はれて、「はかばかしき事は、片端も学(まね)び知り侍らねば、尋ね申すまでもなし。何となきそぞろごとの中に、おぼつかなき事をこそ問ひ奉らめ」と申されけり。「まして、ここもとの浅き事は、何事なりともあきらめ申さん」と言はれければ、近習(きんじゅう)の人々、女房なども、「興あるあらがひなり。おなじくは、御前にてあらそはるべし。負けたらん人は、供御(ぐご)をまうけらるべし」と定めて、御前にて召し合はせられたりけるに、具氏、「幼くより聞きならひ侍れど、その心知らぬこと侍り。『むまのきつりやうきつにのをかなかくぼれいりくれんとう』と申す事は、如何なる心にか侍らん」と申されけるに、大納言入道、はたと詰りて、「是はそぞろごとなれば、言ふにも足らず」と言はれけるを、「本(もと)より深き道は知り侍らず。そぞろごとを尋ね奉らんと定め申しつ」と申されければ、大納言入道、負になりて、所課(しょか)いかめしくせられたりけるとぞ。

この文章内で、大納言入道、具氏はともに地の文で尊敬語が使われています。ですが、具氏→大納言入道の動作では謙譲語も併用されているのに対し、大納言入道→具氏の動作では謙譲語が用いられていないのが不思議です。
具氏は作者より、尊敬語を用いて敬意を表されているものの謙譲語までは用いられていません。古文ではこんな風に、尊敬語は使われるけれど謙譲語は使われないということはよくあるのでしょうか。
教えていただけると嬉しいです。

古文 徒然草 尊敬語 謙譲語
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