これちか
道長と伊周
③そちどの
④びん
かた
②みたけ
入道殿、御嶽に参らせ給へりし道にて、「帥殿の方より便なきことある
べし。」と聞こえて、常よりも世を恐れさせ給ひて、平らかに帰らせ給へ
るに、かの殿も、「かかること聞こえたりけり。」と人の申せば、いとかた
はらいたくおぼされながら、さりとてあるべきならねば、参り給へり。
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⑥すぐろく
道のほどの物語などせさせ給ふに、帥殿いたく臆し給へる御けしきの
しるきを、をかしくも、またさすがにいとほしくもおぼされて、「久しく
双六つかまつらで、いとさうざうしきに、今日あそばせ。」とて、双六の
盤を召して、おしのごはせ給ふに、御けしきこよなう直りて見え給へば、
殿をはじめ奉りて、参り給へる人々、あはれになむ見奉りける。さばか
りのことを聞かせ給はむには、少しすさまじくももてなさせ給ふべけれ
ど、入道殿は、あくまで情けおはします御本性にて、必ず人のさ思ふら
ごほんじゃう
むことをば、おし返しなつかしうもてなさせ給ふなり。
回くやう
ふたところ
この御博奕は、打ちたたせ給ひぬれば、二所ながら裸に腰からませ給
かけもの
ひて、夜中、暁まであそぼす。 「心をさなくおはする人にて、便なきこと
もこそ出で来れ。」と、人はうけ申さざりけり。 いみじき御賭物どもこそ
侍りけれ。帥殿は、古きものどもえも言はぬ、入道殿は、新しきが興あ
る、をかしきさまにしなしつつぞ、かたみに取りかはさせ給ひぬれど、
かやうのことさへ、帥殿は常に負け奉らせ給ひてぞ、まかずさせ給ひけ
る。
かかれど、ただ今は、一の宮のおはしますを頼もしきものにおぼし、
世の人も、さは言へど、下には追従し、怖申したりしほどに、今の帝、
とうぐう
東宮、さし続き生まれさせ給ひにしかば、世をおぼしくづほれて、月ご
ろ御病もつかせ給ひて、寛弘七年正月二十九日、失せさせ給ひにしぞか
し。
(内大臣道隆)
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