① "to do for A" と書いてしまうと,意味がブレてしまう場合があります。"to use for A" が偶然意味がブレないパターンだっただけです(use は必ず他動詞なので)。これについてはひととおり書いたあとで補足します。
②言語は,意味がブレてしまわないようにできています。もしそれを許してしまうと,コミュニケーションに齟齬をきたしてしまうからです。なにしろ言語はコミュニケーションのためのものなのですから,齟齬をきたしてしまうような構造は使わないに限ります。
③「ブレない場合だけ "for A to do" にすればいいじゃないか!少なくとも "to use for A" は意味がブレたりしないでもないのだから」と考えるかもしれません。しかし逆に,どちらの表現が先に英語に生まれていたにせよ,「どっちでも意味が全く同じならば,言い方は一通りでいいのではないか」という考え方もできます。言語は基本的には効率化を好みます。ニュアンスまで含めて全く同じ意味なのであれば,ある一通りの言い方が残り,他の言い方は淘汰されることがしばしばです。ましてやコミュニケーション上問題のある表現であれば,少数の物好きが使うことはあるとしても,主流となることは考えられません。
補足:
① "be easy for A to do." という構造をもし "to do for A." と書いてしまったとき,何が起こるか考えてみます。
たとえば:
This city seems to be easy to run for the mayor.
という文を書いてみます。
"to do for A" という構造を許容してしまうと,次の二通りに訳せるようになってしまいます:
(1) この街は,市長にとってランニングしやすい町のようだ。
(2) この市では,簡単に市長に出馬できるようだ。
説明のために直訳を心掛けましたが,(2) は「市長選挙に出馬できる」と考えた方が分かりやすいと思います。(1) の場合は,たとえば市長さんがよくランニングしているのを見ている人のコメントだと捉えられます。断言するのは現実味がなさそうなので,seem を使ってそれっぽくしてみました。
(2)は,"to do for A" を許容すると仮定したときの訳なので,訳としては本来間違っているのですが,このような訳出のブレが生まれてしまった原因はなんでしょうか。
"run" は「走る」という意味ですが,"run for A" で「Aに立候補する,出馬する」という意味になります。この例文で問題なのは,意味の切れ目を "to run / for mayor" と捉えるか,それとも一続きに "to run for mayor" と捉えるか,という点です。もちろん,市長のランニングの習慣についての文章だったり,どこかの市町村における選挙への立候補の方法についての文章だったりすれば,文脈から意味は分かります。しかし,この程度の簡単な文だったら,英文解釈の力を使うまでもなく,文法的な立場からぱっと見で判断したいのが本音です。②や③で説明したように,効率の観点から言って,わざわざ難しくするようなことはないのです。
③についても補足しておきます。難解な英文解釈に取り組む場合,"for A" の部分が実際に文のあちこちに移動しているパターンを目にする機会もあるだろうと思います。そのような場合になぜ "for A" が動くのかというと,たとえば,「高速道路の建設工事の,信じられないほどやかましい音に,いつもいつも睡眠を妨害されているその人たちにとって,騒音について苦情を入れるのは当然のことだ。」という文章が与えられているとすると:
It is natural for those who have been constantly interrupted their sleep by incredibly annoying sound of construction of highway to complain about the noise.
などとセオリー通りに書いてしまうと,"for A" が長すぎて,見るからに文章のバランスが崩れてしまいます。とりわけ,"It is natural" と "to complain about noise" の距離感が致命的で,かえって繋がりがわかりにくくなっています。
この場合,たとえば,"for A" を倒置して:
For those who have been constantly interrupted their sleep by incredibly annoying sound of construction of highway it is natural to complain about the noise.
あるいは,"for A" を後置して:
It is natural to complain about the noise for those who have been constantly interrupted their sleep by incredibly annoying sound of construction of highway.
などと書くことで,"It is ... noise" の繋がりが明確になり,セオリーを少し外れた文章にはなりますが,明晰な書き方として許容されます。英作文や英文解釈で意識するとよいポイントです。
ただし,仮にも "to do for B" と書くわけですから,複雑な英作文や英文解釈の場合には文脈に助けられることも少なくありませんが,やはりできるだけ解釈が混濁しないように注意しなければなりません。
最後の補足です。
"for A to do" には,A と do との間に主述の関係があります。これは "easy" の他にも,同様の構文をとるほとんどの形容詞に関して成り立ちます。
つまり:
This smartphone is easy for anyone to use.
という文章には,
「This smartphone は "anyone が use するのに" easy だ」という,anyone と use とのあいだの主述関係があります。
言語学的な確証があるわけではありませんが,このような副次的な主述の構造も,"for A to do" という語順の成り立ちに関わっているのかもしれません。少なくとも,意識するといいポイントだと言えます。
すみません,interrupt は those who ではなく sleep を主語に求めるので,
those who have been constantly interrupted their sleep by incredibly annoying sound of construction of highway
をすべて,
those whose sleep have been constantly interrupted by incredibly annoying sound of construction of highway
に訂正させてください。
すみません,
This city seems to be easy to run for the mayor.
の例文は,質問文の例文に構造を似せるためにこのようにしましたが,少し強引が過ぎたかもしれません。
In this city, it seems easy to run for the mayor.
または,
It seems easy to run for the mayor in this city.
に訂正させてください。どちらでも解答の主旨に変更はありません。