古文
高校生

昔、水無瀬に通ひ給ひし惟喬親王(これたかのみこ)、例の狩りしにおはします供に、 馬の頭なる翁つかうまつれり。日ごろ経て、宮に帰り給うけり。 御送りして、とく往(い)なむと思ふに、大御酒給ひ、禄給はむとて、(※1)つかはさざりけり。 この馬の頭、心もとながりて、 

枕とて草ひき結ぶこともせじ秋の夜とだに頼まれなくに 

※歌の解説

と詠みける。時は三月の(※2)つごもりなりけり。親王、(※3)大殿ごもらで明かし給うてけり。 

かくしつつまうでつかうまつりけるを、思ひのほかに、御髪下ろして給うてけり。 正月に拝み奉らむとて、小野にまうでたるに、比叡の山のふもとなれば、雪いと高し。 しひて御室にまうでて拝み奉るに、つれづれといともの悲しくておはしましければ、やや久しく(※4)候ひて、いにしへのことなど思ひ出で聞こえけり。 さても候ひ(※5)てしがなと思へど、公事どもありければ、(※6)え候はで、夕暮れに帰るとて、 

忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪踏み分けて君を見むとは 

※歌の解説

とてなむ泣く泣く来にける。 

現代語訳

昔、水無瀬(の離宮)に通いなさった惟喬親王が、いつものように狩りをしにお出かけになる供に、 馬の頭である老人がお仕え申し上げた。何日か経って、御殿にお帰りになった。(馬の頭は惟喬親王を)お見送りして、早く帰ろうと思うのだが、(惟喬親王が)お酒を下さり、褒美を下さろうとして、行かせてくださらなかった。この馬の頭は(帰りの許可が出るのを)待ち遠しく思って、 

枕にするといって草を引き寄せて結ぶ(旅寝する)わけにはいきません。秋のような(長い)夜をあてにすることはできませんから。 

※歌の解説

と詠みました。時は3月の末の頃のことでした。親王は、おやすみにならずに(夜を)明かしてしまわれました。 

(馬の頭は)このようにしながら参上しお仕え申し上げていたのですが、思いがけなく、(惟喬親王は)髪をそって出家なさってしまいました。

伊勢物語「小野の雪」の1部分なんですけど、親王が寝ないで夜を明かした理由はなんですか?
馬の頭が詠んだ和歌には何も反応しなかったのですか?

回答

まだ回答がありません。

疑問は解決しましたか?

この質問を見ている人は
こちらの質問も見ています😉