現代文
高校生
評論の問題が分からないので解いてもらいたいです
新傾向
[合計
*****
ふくおか しんいち
福岡伸一
3 生命工学の現状
福岡
生物と文学のあいだ
【文章I】は生物学者福岡伸一による生物の「動的平衡」についての文章、【文章Ⅱ】 はそれを読んだ作家の川上未映子と福岡伸一の対談である。
【文章Ⅰ】
はいせつ
■日本が太平洋戦争への道を進もうとしていた頃、ナチスから逃れたひとりのユダヤ人科学者が米国に来た。 ルドルフ・シェーンハイマーで
ある。彼は、アイソトープ(同位体)を使ってアミノ酸に標識をつけた。そして、これをネズミに三日間、食べさせてみたのである。アミノ
酸は体内で燃やされてエネルギーとなり、燃えかすは呼気や尿となって速やかに排泄されるだろうと彼は予想した。 アイソトープ標識は分子
の行方をトレースするのに好都合な目印となる。結果は予想を鮮やかに裏切っていた。食べた標識アミノ酸は瞬く間に全身に散らばり、 そ
の半分以上が、脳、筋肉、消化管、肝臓、膵臓、脾臓、血液などありとあらゆる臓器や組織を構成するタンパク質の一部となっていた。三日
の間、ネズミの体重は増えていない。
すいぞう
ひぞう
②これは一体何を意味しているのか。 ネズミの身体を構成していたタンパク質は、三日間のうちにその約半分が食事由来のアミノ酸によって
がらりと置き換えられ、もとあった半分は捨て去られた、ということである。 標識アミノ酸は、インクを川に落としたごとく、流れの存在
と速さを目に見えるものにした。 つまり、私たちの生命を構成している分子は、プラモデルのような静的なパーツではなく、例外なく絶え間
ない分解と再構成のダイナミズムの中にあるという画期的な大発見がこのときなされたのだった。 全く比喩ではなく生命は行く川のごとく流
れの中にある。そして、さらに重要なことは、この分子の流れは、流れながらも全体として秩序を維持するため相互に関係性を保っていると
いうことだった。シェーンハイマーは、この生命の特異な在りように「動的な平衡」という素敵な名前をつけた。
それまでのデカルト的な機械論的生命観に対して、還元論的な分子レベルの解像度を保ちながら、コペルニクス的転換をもたらしたこの
シェーンハイマーの業績は、ある意味で二十世紀最大の科学的発見と呼ぶことができると私は思う。しかし、皮肉にも、当時彼のすぐ近くに
いたエイブリーによる遺伝物質としての核酸の発見、ついでそれが二重らせんをとっていることが明らかにされ、分子生物学時代の幕が切っ B
て落とされると、シェーンハイマーの名は次第に歴史の澱に沈んでいった。 それと軌を一にして、再び、生命はミクロな分子パーツからなる
精巧なプラモデルとして捉えられ、それを操作対象として扱いうるという考え方が支配的になっていく。
ひるがえって今日、臓器を入れ換え、細胞の分化をリセットし、遺伝子を切り貼りして生命操作をするレベルまで至った科学・技術・医療
の在り方を目の当たりにし、私たちは現在、なかば立ちすくんでいる。ここでは、流れながらも関係性を保つ動的な平衡系としての生命観は
極端なまでに捨象されている。 それゆえにこそ、シェーンハイマーの動的平衡論に立ち返ってこれらの諸問題をいま一度見直してみることは、2
閉塞しがちな私たちの生命観・環境観に新しい示唆を与えてくれるのではないだろうか。
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極端なまでに捨象されている。 それゆえにこ
閉塞しがちな私たちの生命観・環境観に新しい示唆を与えてくれる
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69 生命工学の現状・生物と文字のめん
5
彼の理論を拡張すれば、環境にあるすべての分子は私たち生命体の中を通り抜け、また環境へと戻る大循環の中にあり、どの局面をとっ
てもそこには平衡を保ったネットワークが存在していると考えられる。 平衡状態にあるネットワークの一部分を切り取って他の部分と入れ換
えたり、局所的な加速を行うことは、一見、効率を高めているかのように見えて、結局は平衡系に負荷をあたえ、流れを乱すことに帰結する。
実質的に同等に見える部分部分は、それぞれがおかれている動的な平衡系の中でのみその意味と機能をもち、機能単位と見える部分にもその
実、取り出すべき境界線はない。
遺伝子組み換え技術が期待されたほど農産物の増収につながらず、臓器移植はいまだ有効な延命医療とはならず、 ES細胞はその分化こそ
誘導できても増殖を制御できず、クローン羊ドリーは奇跡的に作出されるも早死にしてしまった。 動的平衡の視座に立つとき、これらの事例
は、バイオテクノロジーがまだ発展途上だからうまくいかないという技術レベルの過渡期性を意味しているのではなく、むしろ動的な平衡
系としての生命を機械論的に操作するという営為自体の本質的な不可能性を証明しているように私には思えてならない。
*アイソトープ・・・ 同じ番号の元素の原子で中性子が異なるもの。
*ルドルフ・シェーンハイマー・ドイツ生まれのアメリカの生化学者。一八九八~一九四一。
*還元論・物質を根源的な要素に分けて分析する考え方。
*デカルト・フランスの哲学者。一五九六~一六五〇。
*コペルニクス的転換・・・ 理論や学説が基本的な部分から大転換すること。
* 核酸・・・生命活動の維持に重要な働きをする物質。
*エイブリー・・・アメリカの医学研究者。 一八七七~一九五五。
ES細胞・・・すべての組織に分化する能力をもった細胞。
【文章Ⅱ】
川上 うーん。要するに、その考えでは私たちの体って分子の「ムラ」に過ぎないわけですね。 濃い部分。 あるいは蚊柱みたいなもので、
中にいる蚊(分子)はどんどん入れ替わっている・・・・・。
福岡その通り。しかもその蚊柱の中に、さらにまた臓器、細胞、DNA・・・・・・とそれぞれ蚊柱が立っている状態です。
川上 まさに入れ子ですね。でもこれが(自分を指さして) ムラであり、分子レベルではどんどん入れ替わって流転する仕組みにあっても、 5
なぜかやっぱり代えのきかない「私」というものがここにはあって、なにかしらそこには「スペシャルで一度切り」のものがある、 それ
を経験していると感じざるを得ない感覚があります。科学的な説明が常に取りこぼすしかない現象が起こっているとしか思えないところ
があります。いっぽうで、この「スペシャルで一度切り」のものに過剰に意味を置きすぎるのもどうか、という考えもあって、「分子の
「ムラ」に過ぎないと言われると心情としては妙に落ち着くところもあったり。文学的すぎる感想かもしれませんが、福岡先生の「動的平
衡」の説を読んで、『方丈記』を思い出しました。 「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」ですね。 生と死を繰り返すこ
⑩ とも流れでしょうが、それ以前に分子レベルで生命は常に流れているわけですね。
9
問一内容 傍線部①の「予想」と「結果」を五十字以内で説明せよ。 (10点)
評論 70
生命工学の先
問一内容 傍線部①の「予想」と「結果」を五十字以内で説明せよ。(1点)
問二内容 傍線部②2の説明として最も適切なものを次から選べ。
① 私たちは食物からエネルギーを得て生命を維持すること。
② 身体を構成する物質は短い期間のうちに入れ替わること。
③ 人間の臓器そのものも交換や移植することが可能なこと。
④ 生命を構成している分子が置き換えられ捨てられること。
⑤ タンパク質が置き換えられる姿は通常では見えないこと。
問三構成 傍線部は 「拡張」の説明として最も適切なものを次から選べ。(8点)
① シェーンハイマーは生命体内部に着目して分子の流れを解明したが、
環境全体に視点を「拡張」して、そこでの分子の流れを説明した。
② エイブリーの遺伝物質についての発見を「拡張」してシェーンハイ
マーの言う分子のあり方と関連づけ、平衡の多様な局面を考察した。
③ 細胞相互の関連を述べたシェーンハイマーの論理を「拡張」して新
しい生命観を示し、 医療の場においてそれを応用する道を模索した。
⑨ エイブリーとシェーンハイマーの違いが環境観の違いに帰結するこ
とを示し、それを「拡張」して環境問題の根本的な原因を追求した。
⑤ 分子の流れについてのシェーンハイマーの発見を「拡張」し、流れ
の乱れの原因に視野を広げた結果、 機械論的な生命観に行き
着いた。
問四主題傍線部④と述べる筆者は、生命についてどのような考えを持っ
ているか、五十字以内で説明せよ。
の在り方を目の当た
極端なまでに捨象されている。 それゆえにこう
閉塞しがちな私たちの生命観・環境観に新しい示唆を与えてくれるの
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3
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(6点)
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問五表現 傍線部⑤6⑥⑥60は、どのようなことを説明しているか、 【文章Ⅰ】
も踏まえて、最も適切なものをそれぞれ次から選べ。
(各4点)
一つの構造としての生命体の中の、様々な段階にも構造があること。
生命体は独立した小さな部分から成り、それぞれを操作できること。
自分はかけがえない存在であると、生命体自身が確信していること。
生命体同士の間で繁殖が行われ、環境の中で数を増やしていくこと。
環境内の分子が集まり生命体を構成し、分解されて環境へ戻ること。
5
問六 内容 【文章Ⅰ・Ⅱ】を読んだ生徒が、 川上の発言についての読み取
りを出し合った。本文の内容に合致するものを次から選べ。 (8点)
① 現在の主流の生命観に対して「動的平衡」説が示唆を与えるという
考えに賛同し、その具体的な展開方法を提案しています。
②「動的平衡」説をたとえによって確認した後に、それに収まらない
自己の感覚を提示し、その説への疑念を述べ続けています。
「動的平衡」説を感覚的に正しく受け取った上で、それでは説明し
きれない自己意識の実感についても言及しています。
自身の生命観を揺るがせた「動的平衡」説に対し、古来の生命観を
引用することで、違和感をさりげなく表明しています。
⑤ 「動的平衡」説にうなずけないでいましたが、実体験と文学に
なぞらえて理解し、福岡氏の説明の不備を補ってさえいます。
新
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- 生命工学の現状・生物と文学のあいだ
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-生命工学の現状・生物と文字
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