歴史
中学生
解決済み

大正時代に民主主義が高まったのってなんでですか?
教えて欲しいです!

回答

✨ ベストアンサー ✨

日清、日露戦争を通じて、藩閥政府は政党というものの力強さに気付きました。議会開設当初は政党なんてぶっ潰してやる!状態でしたが、徐々に予算案で妥協したり、政党そのものを利用する内閣すら現れ始めました。これが明治後期です。
そして明治の最末期、西園寺公望内閣が軍部大臣現役武官制を悪用した軍部により総辞職を強いられ、第三次桂太郎内閣が発足します。が、宮中・府中の別に反していた事や、政権のたらい回しになっていた桂園時代を嫌った民衆(政党)の激しい反発により、桂内閣は僅か40日余りで倒れることになるわけです。
これが第一次憲政擁護運動(第一次護憲運動)です。自由民権運動をするだけで激しく弾圧された明治と比べて、なんとも自由主義的、民主主義的になったじゃないかという事でこれらの歴史の潮流を、大正デモクラシーと呼ぶわけです。
長くなりましたが、大正時代に民主主義が高まったのではなく、明治時代で民主主義の種が自由民権運動によって発芽し、2つの戦争やそれに伴う、政党の激しいぶつかり合いによる摩擦熱によって、徐々に内なる民主主義のエネルギーが醸造され、それが大正時代になり、桂太郎の3度目の組閣に伴い、憲政擁護運動という形で溢れ出したと言うわけです。

少々難しい言い回しにはなりますが、単純に、〇〇だからと答えられるような問題ではないので申し訳ないです。
ただ中学生が受験日本史に使うのは大正デモクラシーの代表例としての美濃部達吉の天皇機関説や、吉野作造の民本主義、桂太郎内閣を倒した第一次護憲運動等の単語なので、これらが理解できていれば十分です。

大正デモクラシー 第一次護憲運動 憲政の本義を説いてその有終の美を済すの途を論ず 天皇機関説
Mei

ありがとうございます!!

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