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百万町歩開墾計画が失敗した理由を教えてください‼️

回答

✨ ベストアンサー ✨

そもそもは、その前段階として、律令制の崩壊というものがあります。

律令制では、公地公民、つまり、土地は国のもので個人所有でないため、地力が落ちたり、田畑が荒れても復旧などさせようとはせず離散するばかり。

つまり、田畑として使える土地は減るばかりだったことが上げられます。

そのうえ、租庸調での兵役が、東国に集中(それら兵装や食事は自己負担)したのも、離散を増徴させました。

それらの問題の、1点である土地問題を解決しようとしたのが「百万町歩開墾計画」...だったのですが、それも器具・食料の支給は10日のみ、以降は自己負担など、到底、真面目に受ける人などいない、政策っともいえないような内容だったため失敗しました。
(内容条件等が全く違えば、百万町歩はともかくっというか無理ですが、開墾計画としてはそれなりに上手く行っていたかもしれませんが)

その失敗の結果、三世一身法(一代限りの土地私有の許可)、墾田永年私財法(土地私有の許可)へと繋がり、公地公民の崩壊、ついで貴族や寺社等の荘園へとつながっていきます。

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