日本史
高校生

尊王攘夷派と公武合体派、結局一緒になったんですか?

日本日b 幕府の滅亡 江戸幕府

回答

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結論としては、一緒にはなってないです。

幕末を理解するのは難しいですが、まず、ペリーがやってきたところから始まるわけです。つまり、外国の存在が日本を変えていったというのが幕末の簡単な理解です。

それまで日本は確固たる日本政府というものがありませんでした。逆にいうと外国の勢力が政治的に現れる前には日本政府というのは必要なかったと言えるかもしれないです。

そんな中で、徳川政権の老中だった安藤信正は日本を引っ張るツートップ、天皇と将軍とが力を合わせて強い日本代表を作ろうとしたわけです。しかし、安藤信正は坂下門外の変で尊王攘夷派の志士に襲われてしまい、うまく進みませんでした。尊攘派は日本のトップは天皇だという主張なので、天皇と将軍を同列のように扱おうとした公武合体には反対だったというわけです。

その後、尊攘派は倒幕を目指して結果的に天皇がトップの明治新政府をつくり、幕府を戊辰戦争で倒してしまったのです。

つまり、公武合体は幕府を天皇とともに強力な協力体制を築くことで結果的に幕府の体制を維持しようとしたのですが、尊攘派はそれに反対し、幕府を倒し、天皇中心の新政府を立てるに至ったというのが幕末政局の流れです。

公武合体派は尊攘派に取って代わられたということです。

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