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「宋は遼から燕雲十六州をとりもどそうとして…」とありますが燕雲十六州は元々宋の土地だったのですか?

かし。打はほ放から蒸雲十六州を取りもどそうとしてやぶれた。 族に進されると, 宋を兄, 作を弟とし, 毎年ばく大な銀と せんえん めい ん 西北部ではチベット:

回答

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この文章を読み解くには,
*北宋が中華王朝, 遼は契丹人による征服王朝であること
*燕雲十六州は万里の長城の南を含む地域であること
*後に後晋を建国した石敬瑭が後唐を滅ぼすために契丹に助けを求めた. その見返りで割譲されたこと
*後周[北宋は禅譲された国です.]の時代から既に奪回を試みて, 実際に三州を取り戻していたこと
を前提として理解しておく必要があります.
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万里の長城は北方遊牧民である匈奴[土地が貧しく腹ペコなので豊かなところから略奪する.]の侵攻(南下)を防ぐために築いたことは既に習っていると思います.
古来の秦より中華王朝にとって万里の長城より南の領域は勢力圏であるという意識があります.
したがって蛮族である契丹に燕雲十六州を奪われることは華夷思想[中華王国が世の中心で, 後は蛮族という思想]からすると屈辱であり, また本国への簡単な侵攻を許すことになるので軍事的にも非常に大きな問題を抱えていることになります.
つまり宋にとっては燕雲十六州は取り戻すことは, 国家の威信を取り戻し, 北方異民族の軍事的な脅威を取り除き, 領土内で産出した鉄や石炭で経済的にも国を安定化させるという大きな意味があったのです.
その悲願を成就させるために北宋の太宗は奪回しようと北伐を行いますが, 高粱河で大敗し都の開封へ撤退すので精一杯という状況でした.
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この後の話ですが...
遼にも皇帝を争う戦いが起こって南下する余裕はなくなり, しばらくこの問題は先送りされます.
この遼国内の内紛を終息させた聖宗はいよいよ南下, 北宋も主戦派に押されて真宗は迎撃しますが, 北宋は押し込まれ戦線は膠着します.
領地をこれ以上割譲するのは勘弁[威信は守った]なので, 大量の金やモノでまけてくれ![お腹いっぱい]とうまく収めた和議が澶淵の盟です.

のん

じっくり読ませていただきました。
燕雲十六州が万里の長城の南を含んでいたということが大きいんですね。

ありがとうございました*_ _)

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