荘園というのは私有地です。
全国500ヵ所に平清盛の私有地があることになりす。
知行国は荘園と似ているのですが、私有地では無いです。支配を任された土地です。院や朝廷から支配権は与えられます。
・朝廷→財政を確保するために、知行国制を取り入れて、そこから税を納めてもらおう!
・知行国主(清盛)→朝廷に納める税より、自分のお財布に入れれる税のの方が多いから儲けられるぞ!
お互いこのような思惑があって、知行国制というのは成り立ちます。
この時代、寄進地系荘園の広がりで、荘園に税を課すことができなかったので、苦肉の策として、朝廷側は知行国制を取り入れている感じです。
分かりにくいところがあれば言ってください🙇♂️
本来であれば、公領や荘園からの税で税収を補います。しかし、公領の減少や、寄進地形荘園の発達などで不輸の権を持った荘園などが登場して、税が集められなくなります。
不輸→税を免れる権利
公領→国家の土地
新たに税を集める手段として、知行国制を取り入れます。貴族らに支配権を与えて、そこから税を納めさせます。ただ、国に収める税はそんなに高くなかったので、知行国主になった人はがっぽり儲けることができました。
国「この土地預けるから、税金納めてね」
知行国主「分かったよ。農民らに耕かせて、税を集めるよ。現地では受領に指揮ってもらおう。」
→税は少ないので、知行国主は儲けが出る。
知行国では、トップが知行国主で、その下に受領、受領の手下に農民らがいます。
(知行国主がオーナー、受領が支店長的な感じです。)
こんな感じになってます🙇♂️
ありがとうございます!(´▽`)
少しずつですが、理解出来ました!
国としては安定した税が欲しかったからこういう政策をとつたということですか?
国と知行国主との思惑の違いて争いが生まれることは無かったのですか?
そんな感じです!
具体的な税の使い道としては、貴族や皇族の収入確保や、国の政治資金として使われました。
主に前者(収入確保)がメインです。
そのため、先ほど知行国主は儲かると話したように、貴族や皇族を知行国主として、知行国制を実施しました。そのため、国の思惑で貴族らが知行国主に命じられており、そこで知行国主らは利益を上げているので、少なくとも大きな争いなどは無かったと思われます。
返信が遅れてしまい、すみません🙇♂️
ありがとうございます🙇♀️😊
知行国制の仕組みや、知行国制が財政の基盤となる成り立ちがいまいち理解出来てなくて、、、💦
その部分も分かりやすく説明していただけたら嬉しいです🙏