4 つぎの文章を読んで、 下記の問いに答えよ。
1929年に成立した ① 内閣は, 1917年以来停止され
ていた金本位制を再建しようと試みた。 それまで,円の
為替相場は乱調を繰り返しながら低下しており, 貿易も
輸入超過が続き, 日本銀行の正貨準備は低下していた。
このような中で, (a)経済界を中心として金解禁 (金本位制
への復帰)を望む声が高まり, 1930年1月に日本は旧平
価で金解禁を実行した。 しかし, 1929年に始まる世界大
恐慌の中での金解禁は,当初に期待された効果を生じさ
せることにはならなかった。 1931年9月にはイギリスが
金本位制を放棄したが, その影響を受けて日本でも(b) ド
ル買いが発生した。 結局, 同年12月に ② 内閣によっ
て金輸出が再禁止され, (c) 管理通貨制度が導入された。
1929年の世界大恐慌は, 日本では昭和恐慌として現れ
た。 政府は低為替政策と関税の改正を行い, さらに大幅
な財政支出の拡大をおこなって不況からの脱出を図っ
た。 その結果, 1933年頃には他の資本主義国に先駆けて
工業生産は世界大恐慌以前の水準に回復した。 また, こ
うした景気回復の中で日本の (d)貿易構造と産業構造が大
きく変化したが, (e) 農村では深刻な農業恐慌によって著
しい困窮が生じていた。
二・二六事件直後に成立した ③ 内閣は、軍事費の
大幅増額を認めた。 その後, 軍事支出を拡大しつつ重化
学工業化が進められたが, それは対外的には輸入の増加
をもたらし,対内的にはインフレーションを発生させた
ので,)政府による経済過程への直接的な介入である経
済統制が不可欠となり, 日中戦争以降それが次第に強化
されていった。その結果, 経済統制は国民生活のさまざ
まな分野にまで及ぶことになった。 例えば, マッチや砂
糖の ④ 米の ⑤ は統制の典型的な方法であっ
た。