文学的文章
46
た
位
角田光代
作品 「さがしもの」
その日から私は病院にいく前に、書店めぐりをして歩いた。 繁
華街や、隣町や、電車を乗り継いで都心にまで出向いた。いろん
な本屋があった。雑然とした本屋、歴史小説の多い本屋、店員の
親切な本屋、人のまったく入っていない本屋。 しかしそのどこに
も、おばあちゃんのさがす本はなかった。
手ぶらで病院にいくと、おばあちゃんはきまって落胆した顔を
する。何か意地悪をしているような気持ちになってくる。
「あんたがその本を見つけてくれなけりゃ、死ぬに死ねないよ」
あるときおばあちゃんはそんなことを言った。
「死ぬなんて、そんなこと言わないでよ、縁起でもない」
言いながら、はっとした。私がもしこの本を見つけださなけれ
ば、おばあちゃんは本当にもう少し生きるのではないか。という
ことは、見つからないほうがいいのではないか。
「もしあんたが見つけだすより先にあたしが死んだら、化けて出
てやるからね」
私の考えを読んだように、おばあちゃんは真顔で言った。
「だって本当にないんだよ。新宿にまでいったんだよ。いったい
いつの本なのよ」
本が見つかることと、このまま見つけられないことと、どっち
がいいんだろう。そう思いながら私は口を尖らせた。
タクシーのなかで泣く母は、クラスメイト
た。母の泣き声
5
NIT
ENT
かく
人生
TRCE
一九六七年神奈川県生まれ。
始め、デビュー以降多くの文学賞を受賞した
年に「対岸の彼女」で直木賞に選ばれる。
「最近の本屋ってのは本当に困ったもんだよね。 少し古くなると
いい本だろうがなんだろうがすぐひっこめちまうんだから」
おばあちゃんがそこまで言いかけたとき、母親が病室に入って
きた。おばあちゃんは口をつぐむ。母はポインセチアの鉢を抱え
ていた。手にしていたそれを、テレビの上に飾り、おばあちゃん
に笑いかける。母はあの日から泣いていない。
「もうすぐクリスマスだから、気分だけでもと思って」 母はおば
あちゃんをのぞきこんで言う。
「あんた、知らないのかい、病人に鉢なんか持ってくるもんじゃ
ないんだよ。鉢に根付くように、病人がベッドに寝付いちまう、
だから縁起が悪いんだ。まったく、いい年してなんにも知らない
んだから」
母はうつむいて、ちらりと私を見た。
「クリスマスっぽくていいじゃん。クリスマスが終わったら私が
持って帰るよ」
母をかばうように私は言った。おばあちゃんの乱暴なもの言い
に私は慣れているのに、もっと長く娘をやっている母はなぜか僕
れていないのだ。
案の定、その日の帰り、タクシーのなかで母は泣いた。 またも
や私は、ひ、と思う。
「あの人は昔からそうなのよ。私のやることなすことすべてにけ
ちをつける。よかれと思ってやっていることがいつも気にくわな
いの。私、何をしたってあの人にお礼を言われたことなんかない
こ、
大
角田光