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評論 294
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文とは思われるが、あれほど自分を動かした美しさはどこ
に消えてしまったのか。消えたのではなく現に目の前にあ
るのかもしれぬ。それをつかむに適したこちらの心身の
る状態だけが消え去って、取り戻す術を自分は知らないの
かもしれない。こんな子どもらしい疑問が、すでに僕を途
方もない迷路に押しやる。 僕は押されるままに、別段反抗
はしない。そういう美学の萌芽とも呼ぶべき状態に、少し
も疑わしい性質を見つけ出すことができないからである。
だが、僕は決して美学には行きつかない。
美学に
たど
④ 確かに空想なぞしてはいなかった。青葉が太陽に光るの n
やら、石垣の苔のつきぐあいやらを一心に見ていたのだし、
鮮やかに浮かび上がった文章をはっきり辿った。よけいな
ことは何一つ考えなかったのである。 どのような自然の諸
条件に、僕の精神のどのような性質が順応したのだろうか。
そんなことはわからない。わからぬばかりではなく、そう 55
いうぐあいな考え方がすでに一片の洒落にすぎないかもし
れない。僕は、ただある充ち足りた時間があったことを思
いままに書き始めているのである。
⑩ けんこう
『一言芳談抄』は、おそらく兼好の愛読書の一つだった
のであるが、この文を『徒然草』のうちに置いても少しも
つれづれぐさ
遜色はない。今はもう同じ文を目の前にして、そんなつま
らぬことしか考えられないのである。依然として一種の名
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い出しているだけだ。自分が生きている証拠だけが充満し、
倒置
山王権現 (日吉大社)
こけ
はじまり
*ほうが
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