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歴史 大学生・専門学校生・社会人

記述問題がテストで出題されるのですが、この記述問題だけ何を説明すればいいのか全く分かりません。よろしくお願いします。

(1) 以下の史料は1920年代に日本の外交を取り仕切っていた人物の声明文である。 史料を参考にして当時の日 本の外交姿勢と対立する思想がどのようなものであったかそれぞれ60字以内で答えよ。日 (前略) 大体に於て世界人心のく傾向を観察すれば、国際的争闘の時代は漸く過ぎて之に代るべきものは 縫う 国際的協力の時代であることは疑を容らませぬ。世間には往々此の新傾向を目して国際主義などと称し、之 を以て国家主義と相容らず自国の利益と相反するものと認め、之を攻撃する論者も無いではありませぬ。若 し所謂国家主義なるものが一国の専横を意味し、他の列国皆挙つて此の一国の便宜に迎合すべきことを意味 樹事な振楽し ** するものならば、現今の大勢はく如き国家主義と相容れざるは明瞭であります。 又所論自国の利益なるも のが、目前一時的の利益又は国民の一部分の利益を意味するものならば、現今の大勢は斯の如き自国の利益 に不利なることも争ふべからざる事実であります。 砕し笮ら世界は一国を中心として回転して居るものではない、凡そ一国は国力が如何に強大であっても、又 財力が如何に豊富であつても、之を恃んで列国間に専横を極むるときは遂には無惨なる失敗に終るものであ る。 是れは歴史の証明する所である。 国家の真正且永遠なる利益は、列国相互の立場の間に公平なる調和を 得ることに依りて確保せらるるものである。 我々は此の信念に基いて凡ての列国に対する外交関係をせむ ことを期する次第であります 外交姿勢 対立する姿勢

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歴史 大学生・専門学校生・社会人

古文がどうしても苦手で、現代語訳を教えていただきたいです(><)

『旧唐書』後半読み下し文 旧字は通用字体に直してあります。 ちょうげんもく 開元の初め、又使を遣して来朝す。請いに因り、儒士、経を授く。四門助教趙玄黙 に詔して、鴻嘘寺に就きて之を教える。乃ち玄黙に闊幅の布を遣し、以て すなわ ひろはば 束修の礼と為す。題に云く、「白亀元年調布」 と。 人、亦其の偽りなるを疑う。 せきらい か うか 得る所の錫賚②は、尽く文籍を市い、海に泛べて還る。其の偏使朝臣仲満③、 中国の風を慕い、因りて留まりて去らず。姓名を改め、朝衡と為す。仕えて さほけつ ぎおうゆう 左補欠・儀王友を経たり。衡、京師に留まること五十年、書籍を好み、帰郷 ゆる を放すも、逗留して去らず。天宝十二年、又使を遣して貢ず。上元中、衡を擢 んきじようじ ちんなんとご んでて左散騎常侍・鎮南都護と為す。貞元二十年、使を遣して来朝す。留学 たかしなのまひと 生橘逸勢④・学問僧空海 ⑥。 元和元年、日本国使判官高階真人上言す。 「前件 ようや すなわ の学生、芸業稍く成り、本国に帰ることを願う。便ち臣下と同じく帰ること を請う」と。之に従う。開成四年、又使を遣して朝貢す。 to to ことごと

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