✨ ベストアンサー ✨
そうですね。その解釈でだいたいいいと思います。
藤原四兄弟が天然痘で死去
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橘諸兄政権が発足
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天然痘によって、欠員して政権のメンバーを補充する
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そこで、吉備真備と玄昉を重宝
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藤原広嗣が大宰府に左遷
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藤原広嗣が聖武天皇あてに上奏文を送る
「最近、災害が多いのはすべて橘諸兄が吉備真備と玄昉を重宝しはじめてからだ。この二人を政界から追放すれば、世は平穏になるでしょう。」
といった内容で愚痴を言う。
→単なるワガママやね。
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これを受けて聖武天皇は国家転覆を企んだ、謀反とみなし、軍を送る。
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藤原広嗣の乱へ
こういう流れです。
そもそも、天然痘が流行したきっかけは遣唐使ですからね。遣唐使によって、日本は発展したといっても過言じゃないのに、その反面多くのを死においやってしまった…
上奏文を読んだ聖武天皇の決断が早かったから藤原広嗣も焦ったかもね。
流れはこんなんですので、おさといてください。