✨ ベストアンサー ✨
全然違いますよ。
そういう説は確かにありましたが、何十年も前に歴史学の世界では否定されています。
同和教育・人権教育の世界では、つい15年くらい前まではそう教えている先生もおられましたが、今では完全否定されています。
百姓より下というのをそもそも否定している研究者もいます。
非人身分の源流の一つは平安時代の終り頃までさかのぼりますが、各地方には穢多・非人以外にも様々な被差別身分があり、一言でいつ、だれが、なんのために、と説明できるものではありません。例えば今でいう警察官、刑務官、芸能人はほとんどが被差別身分でしたが、医師、占い師、船頭なども地域によっては被差別身分の仕事でした。明治のいわゆる解放令では「穢多非人等の」となっていて、各府県の担当職員から政府に向けて「うちの県にはこんな身分が昔からありますが、この『等』には入りますか?」という問い合わせの文書がいくつも残っています。さらにはこの時にも解放されなかった下人や芸妓といった、人に所有される人=奴隷的な人々もいました。
問題はなぜ各地に同じように差別対象が用意されているのかというのは、現代になぜ「いじめ」があるのかという問いと同じです。穢多身分や非人身分は現代のいじめでいうと社会から無視された人々です。下人や芸妓は有無を言わせず従わせるパシリ的存在です。少数の犠牲を払うことで大多数の社会を安定的に保つための装置として働いているものと考えられます。国民主権の今日、同じ国民の中から犠牲を出して、それをやむを得ないものとして成立する平和、安全、安定、安心には価値を見出すことはできません。ですから、今日では身分制度も差別もいじめも絶対に許されないものですが、日本国憲法が発布されるまでの日本では国や社会の利益のためには犠牲はやむを得ないとした上で、人々はその事実を直視しないようにしていました。むしろ戦争に身をささげて国に天皇に貢献することは美徳であると評価していました。貴の社会外として接触してはいけない天皇・皇族の世界と、賤の社会外として接触してはいけない穢多・非人等とは対(つい)になっていて、賤の社会外も含めて「天皇制」が成立しているとの考え方もあります。
ちなみに穢多身分でもトップクラスの人は武士と同じような髪型、大小帯刀、屋敷には大きな門を構えて、独自に下人を所有しており、多くの穢多と非人を支配して幕府から大名のような待遇を受けた者もいました。穢多身分の普通の人でも大金持ちはたくさんいて、大きな屋敷を構えていた人は地方でも多いです。明治以降は職業的特権を失って極端に貧しくなっていきました。非人は誰でもなれる身分で、元武士、元僧侶、元商人、元百姓の非人など様々でした。非人になってから10年以内であれば非人身分から抜けることもできました。いちがいには言えませんが非人よりも穢多の方が厳しい差別にさらされた面があります。
長くなりましたが、とにかく簡単にわかりやすく説明できるものではないということをご理解いただきたいです。
なるほどっ!そうなんですね。ありがとうございますっ(*´﹀`*)