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この当時の社会構造を理解すれば分かります。当時の武士団は惣領をトップにしたピラミッド型です。御家人となるのは基本的に惣領で※その一族郎党家人は基本御家人ではありません
なので例えばAという武士団のXという武士が手柄を立てても、それは彼の功績にはなりません。A武士団の惣領Zの手柄になります。
そして鎌倉殿がX武士団の働きはよく見ているぞと恩賞をZに与え、それをZが一族に分け与える、この形式が基本的な恩賞の給付方法です。なので当時の一族の人間であれば皆恩賞を間接的に受け取れるのです。だからこそ血縁的統合形態である惣領制が成立していたのです。これは女性も同様で、女性も給付の対象になりますし、時には一族の惣領が女性の場合もあります。つまり女性の御家人も存在したということであり、女性の地位がそこまで低くなかったことが伺えます。
※大規模武士団ともなれば一族の人間もそれぞれ御家人になるケースはある。例)小山一族の結城七郎朝光など