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答えと違うのですが、合っていますか?

中国がアヘン戦争で負けてイギリスの植民地になったこと

check 問 題 解答 ✓口 55 幕府が開国に踏み切った背景にはどの中国がアヘン戦争 ようなことがあったか。 の結果、 列強の植 TO 民地のような状態 になったこと。ロ

回答

✨ ベストアンサー ✨

アヘン戦争の講和条約である南京条約を見ればわかりますが、別に清国政府を無くして統治権をイギリスにあげると言う内容ではありません。
あくまで当時海禁政策(日本でいう鎖国政策)をとっていた清国を開国させ、且つ香港の割譲、協定関税制、領事裁判権の承認、翌年追加で結ばれた虎門寨追加条約による片務的最恵国待遇などの内容です。
香港の割譲以外の大半は日本も安政の五カ国条約で結んだ内容とほぼ同一条件であり、これだけで植民地になったとは当然言えません。
しかしこれを足掛かりに、イギリスは中国に牙を剥いていくことになるのは間違いないです。
例えば香港ですが、その後対岸の九龍半島南が割譲され、更にその後北部は租借(土地を借りること。期間は99年間なので事実上の割譲に等しい)されます。

戦後も長らく香港はイギリス領でありましたが、租借期間の99カ年が終了する1997年、香港はようやく中国に返還されます。50年間は一国二制度を維持するという条件付きで返還されましたが、そんなルール守られるわけもなく、つい数日前に民主党が解散し、香港の民主主義は完全に終わりを迎えることになりましたが…

長くなりましたがなので植民地になったでは誤りだということです。
しかしそもそもこのテキスト答えの書き方も悪いですね。あくまでアヘン戦争の歴史的意義が、清国の半植民地化を進行させる第一歩になったのは間違いありませんが、“植民地のようになった”という表現は正直いただけない気もしますが…

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回答

中国全土が植民地になったわけではありません。香港です。
ですが、実質的支配はあったので、植民地のような状態になったと明記されています。

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