日本史
高校生
解決済み

日本史について。日露戦争の単元では「ポーツマス条約で、旅順大連の租借権を日本が得た」と書いてありますが、山東出兵の単元だと「日本の満州権益を守る方針を東方会議で決定した」という風に書いてあります。いつ日本の権益は、旅順大連から満州全体に及ぶようになったんですか?

日本史 明治

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ポーツマス条約で日本が手に入れたのは、他の人も指摘しているように、旅順・大連の租借権と中東鉄道南支線(いわゆる南満州鉄道)とその付属の利権でした。これが条約上明確な権益です。
日露戦争後、日本はロシアと協調するようになりました。そして第1次日露協約では、北満州がロシア、南満州が日本の勢力範囲と秘密条項で取り決めます。また、第3次日露協約では内蒙古の西部をロシア、東部を日本の勢力範囲としました。この事は教科書に「日露協約を背景に、満洲権益を国際社会で承認させた」と説明しています。こうして、ロシアとの協調により日本は南満州と東部内蒙古に他国には適用されない特殊権益を設定することになりました。
それではなぜその満洲権益が危機に陥ったのか。それは、日露協約の相手であるロシアが革命によって倒れたことで、日本の勢力範囲を認める国が消えました。さらに、清が革命によって倒れ、中華民国が成立したことで、中国も条約で決められた以上の権益を認めないようになりました。さらにはナショナリズムの高揚を背景に、列国に権益の回収を求める国権回収運動も起こります。そういった状況の中で、蔣介石の北伐軍は満州に迫り、満州軍閥の張学良は蔣介石に接近するなどのことにより、日本では満州権益が危うくなっているという考えが広がっていくのです。

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ポーツマス条約で日本が手に入れたのは、他の人も指摘しているように、旅順・大連の租借権と中東鉄道南支線(いわゆる南満州鉄道)とその付属の利権でした。これが条約上明確な権益です。
日露戦争後、日本はロシアと協調するようになりました。そして第1次日露協約では、北満州がロシア、南満州が日本の勢力範囲と秘密条項で取り決めます。また、第3次日露協約では内蒙古の西部をロシア、東部を日本の勢力範囲としました。この事は教科書に「日露協約を背景に、満洲権益を国際社会で承認させた」と説明しています。こうして、ロシアとの協調により日本は南満州と東部内蒙古に他国には適用されない特殊権益を設定することになりました。
それではなぜその満洲権益が危機に陥ったのか。それは、日露協約の相手であるロシアが革命によって倒れたことで、日本の勢力範囲を認める国が消えました。さらに、清が革命によって倒れ、中華民国が成立したことで、中国も条約で決められた以上の権益を認めないようになりました。さらにはナショナリズムの高揚を背景に、列国に権益の回収を求める国権回収運動も起こります。そういった状況の中で、蔣介石の北伐軍は満州に迫り、満州軍閥の張学良は蔣介石に接近するなどのことにより、日本では満州権益が危うくなっているという考えが広がっていくのです。

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日露戦争での獲得権益はそれだけではありませんよ。やりませんでしたか?“長春以南の鉄道利権”これがキーポイントです。
そして実際に獲得したのは「鉄道」ではなく「鉄道利権」です。なので例えば長春以南の鉄道沿線にある鉱山の開発や、鉄道を守備するための陸軍の駐在権、奉天などの鉄道沿線地に日本人居留地の設置などがあります。
そしてこれら鉄道利権を実際に活用し、満州支配の実質的推進機関となったのが、翌年設立された南満州鉄道株式会社です。
なのでこの鉄道利権を元に、鉄道沿線の権益拡大を、半官半民の南満州鉄道株式会社を通じて日本が満州支配を拡大するというのがここからの流れであり、その中で機をせってしまった関東軍が、満州全域の支配を試みようと暴発して発生したのが満州事変です。

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ポーツマス条約で満鉄などの権益を得ています。
また同じころに清とも満州に関する取り決めをして権益を増やしています。

後には21ヵ条要求でも満州の権益が増えています。

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