✨ ベストアンサー ✨
確かにパッと答えを出すのに苦労しそうな問題です。まず前半百姓から取り立てる〜の部分は正解です。確かに享保の改革時、農民にある程度配慮した徴税法の「検見法」から徴税側が有利な「定免法」を広く導入していますし、神尾春央(かんおはるひで)と言う人物が勘定奉行に抜擢され、厳しい年貢蔵徴策でその年の1744年には幕府史上最高額の税収を記録することになります。
しかし後半、幕府財政安定の部分は誤りです。綱吉時代の浪費により、この時すでに幕府の金はほぼ尽きており、(「折たく柴の記」)そもそも財政がまずいから、改革をするわけです。又検見法から定免法へと移り変わったことで、農民生活は不安定化し、飢饉などが起こると一気に農村の疲弊が顕著になります。農村から逃げ出す連中も多数出ました。決して安定したとは言えないのです。なので3番は誤りです