✨ ベストアンサー ✨
日本は「南進論」というものを採用しました。
主に東南アジア諸国方面への侵攻ですね。
この時代にはドイツと手を組みソ連へ侵攻するという北進論と上記の南進論派で派閥が別れていましたが結局南進論派が採用。
理由としては東南アジアは物資が大量に生産することが出来るからです。
なので日本は南進論を採用しました。
そして、大東亜共栄圏(アジアの解放を目標とする共栄圏、主にインドなどが参加するはずだった)というものを作成しようとしました(計画は作成まで至らず終戦。)。
理由は簡単、東南アジア侵攻を正当化させるためです。
これが日本による第二次大戦の真珠湾攻撃と同時期に行われた攻撃です。主にマレーから行きました。
次に真珠湾攻撃ですが、真珠湾攻撃では宣戦布告もなかったので大勝を決します。
ですが日本には終戦に繋がる大きな問題が起きたのです。
「ミッドウェー海戦」です。
この海戦は1942/6/15に行われた海戦です。
ここで何故この回線が重要か、と言うとミッドウェー海戦で日本の航空母艦主力4隻(空母赤城、空母加賀、空母蒼龍、空母飛龍)が撃沈。
これにより空母がかなり弱体化されてしまいました。
その後色々なところで負けが続き1944/6/15のサイパン島の戦いで日本軍が敗退し、本土へ空襲が始まりました。
この空襲により東京や横浜などが焼け野原に、ですが諦めません。これが良くないんですけどね笑
その後1945/3/26〜終戦まで、沖縄戦が行われました。
この時、若い日本陸軍は各国へ赴いており、本土防衛が出来なかったのでこの本土防衛を行ったのは子供か老人の2択だったそう。そりゃま弱くても仕方ないですわな。
そして1945/8/6、広島へリトルボーイ、1945/8/9、長崎へファットマン投下。1945/8/15、ポツダム宣言受諾という形で終戦していきました