✨ ベストアンサー ✨
かなり文語的な表現、古い表現ですね。
「条件を表す副詞節」って、未来のことであっても現在形で書きますよね。
実は、昔は原形で書いていたんです。
「条件」だけではなくて、thoughで表すような「譲歩」も原形でした。なぜかというと「条件」は、現在でも未来でもなく、あくまで頭の中の仮定だから時制という考えそのものが馴染まないとされたのです。「譲歩」も同じです。譲歩はある条件に対して「その条件があったとしても」「その条件は受け入れるけれども」という話を進め方をする表現なので、頭の中の仮定であることは同じです。
その後、現在形という形の使われ方が広がって、今のことではなくて「一般的な事柄」に対して現在形を使うようになったので、条件に関わる表現も原形が使われることがなくなったのです。
「頭の中のことは原形にする」
この表現が今でも残っているのは
「主張・要求・提案・命令」の表現に続くthat節は、原形もしくはshould 原形
これです。仮定法現在 という名前で呼ばれる表現です。
これも古くは原形で書いていたのですが、shouldを使うのも◯とされるようになりました。
原形を使う理由は同じです。〜するよう主張する というときの、「〜する」のはあくまでまだ頭の中にあることだからです。
つまり、
昔は仮定法現在の表現が、今よりももう少し広く使われていたのです。その後、原形で表現するものというのは減っていって、いまでは「主張・要求・提案・命令」の表現に続くthat節くらいにしか残ってないんです。
一応補足です返信不要ですが
「実は、昔は原形で書いていたんです」の「昔」というのは、歴史上の話っていうくらい昔の話で、国語の現代文と古文の違いくらいのレベルの話です。
ただ、日本語でも明治時代〜戦前くらいまで、書き言葉(特に格式高い文章)で歴史的仮名遣いが使われているのと同じようなもんで、
英語の世界でも数十年〜100年くらい前には、格式高い書き言葉の中にそういう習慣があった、ってことです。
い → ゐ/え → ゑ
ってしたら、なんかやたらクラシックで少しカッコ良く?見えたりするじゃないですか。
ましてや戦後しばらくは、戦前を生き抜いてそういう平仮名使うのが当たり前だった世代とかもいたわけなので、そういう名残りがあったということですね。
長々すみません^ ^
しっくりきすぎて感動してしまいました笑
ありがとうございます!!